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2011/2/21

ぼくは旅立ったI-2『全部おかあさん』  志乃ちゃんのメッセージ

皆様に。

たくさんのメールとコメントありがとうございます。

うーん、さすがに喪失感がおっきいですねぇ。


20年っていうと浅田真央ちゃんが生まれた年ですから、その赤ちゃんが成人しているわけですね。
私が独身時代に家に迎えて、長野に嫁いでからは三年間離れて暮らし、再び一緒に暮らせる日を信じて実家で待っていてくれました。


昨日までしのちゃんが使っていたベッドは私と共同で使っていた枕やクッションや毛布ですので、昨夜はそのまま私が使いました。


タオルなんかは全部お洗濯したんだけど。


何度も今まで洗濯しているのに毛布から『はな』の毛が出てきたりして(はなはこの毛布は使っていなかったのに…?)


なんだ…みんな私のそばに居たのか…。


って思ってみたりして。



動物さんと一緒に暮らしているといいことが70なら悲しいや辛いことが30くらい。


病気や怪我や…事情があって離れ離れに暮らすとき…。そして、永眠するときが30。
もちろんそのときの悲しみと辛さと苦しみは100なんだけど。


しあわせをもらうほうも100だねぇ。



でも私たちお母さんが見送ってあげられるならそれが動物さんにとっては一番幸せなことだと思います。


いいんです、これで。


龍ちゃんがなくなってしばらくするとしのちゃんはぼんやりして過ごすことが増えてました。


認知症でした。
無気力で食欲にムラがでて多飲多尿となり昼間は静かにしているかと思うと夜中は大声で鳴き、怯え、暴れて噛み付くこともありました。



パニックを起こし暗がりや隅っこにばかり入り、触れることも嫌がりました。



ずっと私より一緒にいた龍ちゃんが居なくなったのだから当たり前ですよね…。



極力、一緒にいる時間を増やし、電気をつけずにカーテンを締め切り、電話の音も消しました。


しばらくそんな状態が続き、乗り越えたあと、再び、穏やかな時間を迎えることができるようになったのです。




昨夜は、哀しいのにすごくよく眠りました。しのちゃんの夢を見ることもなく、ただ、繋いでいた手だけはクッションをつかんでました。



昨日の今ごろはまだ生きていたのに…。


去年の今ごろはまだキャットタワーにかけあがってあそんでいたのに…。



この気持ちは多分ずっと残りますね。


生きていたら何歳で春には、夏には秋には冬には…。

鰹節、缶詰め、カリカリ、好きな花の匂い…。


毎年毎月毎日を思いながら少しずつしのちゃんが居ない暮らしを受け入れていくのでしょう。




しのちゃんが私にくれた大好きな言葉があります。


『どこにいてもどこから見ても…全部おかあさん。
見えるものが全部おかあさんだったらいいなぁ…』


おかあさんには全部がしのちゃんだったよ。



23日、10時からしのちゃんの火葬です。


せめて22日は一緒に…(^-^)


*コメント、メールのお返事はしばらくお時間をください。ごめんなさい。

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