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2009/8/17


自然に囲まれて暮らしているとつくづく感じることなのですが、動物たちは昔は木々や今の私達が言う雑草の中で虫を捕食しながら雨露で水分を取り、朝日や夕日を浴びて体内時計で日没を知っていたことが、人間の暮らしの中で少しずつ現代人の暮らしに染められてしまったことを感じます。
だけどそれは動物たちが失ったわけではなく私達人間がその環境に無理矢理、封じ込めたように思えてならないのです。

今から10年ほど前になりますが私は村内の道がわからず、旧道の山道に軽自動車で迷い込んだ経験があります。

夕方から走りはじめていたために辺りは真っ暗になり急傾斜の一本道に深い霧が立ち込めはじめ、後ろに戻ろうにも道は見えず、携帯の電波も入らぬ山の中で、この先、通れるかどうか、道があるのかどうかさえわからず、ただただ、神に祈る気持ちで傾斜を登りました。

わずか数分の距離だったと思いますがやがて霧が少しはれて、近くのゴルフ場の灯りがわずかに見えたとき、ホッとしたと同時に全身に再び緊張感が走ったのを覚えています。

振りかえると道はわすがに軽自動車一台が通る幅しかなく、ガードレールもなく、ハンドルを切り替え違えばすぐに崖から転落するのが当たり前のような絶壁にわずかに木々が生えているような山道だったのです。

自宅に帰りつくにはまたこの山道を通らなければならないのか?

見えなかったからこそ登れた山道。

その道幅を知ってしまうともう戻れません。

なんとかゴルフ場の灯りを目標に他の道がないかと探し、ようやく舗装された新道に出ることができました。

ゴルフ場に飛び込み、道を尋ね、なんとか帰宅することはできましたが、後で夫にそのことを聞くと、もう20数年前からその道は閉鎖されており、村内の人ですら入らない道だそうです。

今は鹿や熊など野生動物しか通らないような旧道…。

なぜ閉鎖された道に入ることができたのか、そのことすら不思議な出来事でした。

人間はもともと歩いてその道を時間をかけて登り峠を越えていました。

私達は山を切り開いたり木々を伐採し新しい道を造ることで短時間で他県に入るように便利な新道をたくさん求めてきました。

それは安全と便利さからすると必要ではあるけれど、やっぱり少しその快適さに頼りすぎたのだと思います。

動物たちは人間が作った便利な道を横切り、里山に降りるようになり、民家の農作物を食べ、害獣として処分を受けます。

旧道は野生動物が使うこともなく、人間に忘れ去られた山道に戻りました。

安全で安心して食べ物を口にすること、処理された水を飲み暑さ寒さを逃れて屋根の下に寝起きをし、病気や怪我から身を守ることが当たり前の暮らしに慣れすぎてしまいました。

これが幸せなのかどうかわかりません。

ただ快適で便利なだけかもわからない。

こんな風に人間に寄り添って安全を求めている子もいれば危険でも自由を望む子もいるのですが…。

しのちゃんは安全でおいしい鰹節のたっぷりかかったカリカリが食べられて好きなときに眠りたい猫さんだから家庭向き♪

なんだか話がごちゃごちゃになりました(≧▼≦)
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