Win or lose? あるいは、インスタ勝ち
伊勢っていう small town は流行ものに弱い土地的風習が昔から根強い。観光地であることもベースになってるか?飲食業務ならなんとかなると考えるのか、はたまた自己のドリームの実現か、安易か?多くのカフェとかが濫立する町なわけ。
友人の多賀くん(彼はなかなか骨のあるヤツ)の店でのエピソードが彼のタイムラインに。客のねーちゃんが「インスタ映えなディッシュはどれ?」と来たらしい。ボクなら、おっ飛んで火に入る夏の虫、とはねーちゃんアンタのことだとばかりに切り返すだろうが、彼は店内他の客とのバランスも店の将来も推し量り、その場を上手にいなしたみたいだ。
飲食業務に限らず店なんかやってると、そこはもう訪れる珍獣と我々との攻防戦のバトルフィールド。侮るか、侮られるか?なのだ・・・しかし怯まない、このゲームに腐っちゃ負けで、楽しみつつ敵を言わすということ大事で醍醐味なわけ
例えば、老眼鏡が必要にも関わらず、己のお洒落のためにそれを着用せず、陳列&印刷物の活字が小さいとほざくオバはん連中。そんな輩のためには100均の老眼鏡を店内に設置し、敵を黙らせるとか作戦を講じるのだ。
その場はいなし、取り繕ったところで問題はまた起るものだ。お品や店の対応や駐車場についての苦情。そして日本人客特有のお客様が神様理論。まあ今回のインスタケースは争点別だけど・・・
こういうことって current topics でさ、小さな時事問題。見て見ぬ振りしちゃ駄目だと思うよ、肝心のモノゴトが狂わされてるんだから。
我が社で最近よく店番してる息子にこの間も意見した。ちょっと曇ってる程度の日中に入り口の外灯が付いていた。ボクにはこれほど嫌いなことはない。谷崎が乗り移ったごとく厳重に言い渡した。「いいか!これは古来昼行灯といって、間の抜けたぼんやりした人間をあざけって言う例えだ。つまり昼間の電灯、役立たず。これをやってる人間は役立たず。昼は夜である必要もなければ、逆に夜が昼でなくてもいい。しかし、そこで電球という役割がその昼と夜の間を少しだけ埋める役割を果たし我らの生活を助けて役に立つ、それが電力というもののあり方。だからそんな役回りや出番を狂わす行為は慎むのがまともな人間だ。」
曇ってるから、外灯を灯すことで店が営業してる感を出したいと理由を言ってたが、そういう日もあればそうすれば良し、しかし安易にそれに殉じる日本的情緒に欠ける資質の人間が増え過ぎと思う。これは若者に限らず、以外に年配者にも多いから閉口するよしかし・・・
話しを多賀くんのカフェに戻そう。そうだな、この人にご登場願おう Sophie Calle オバさん。困ったことばっかりやっちゃうフランスのアーティスト。文脈は違うけれど、彼女のこんな作品のようなディッシュを用意しておいてインスタ映えねーちゃんにぶつけたらどうだろう?爽快感炸裂で胸もすくし、だいいちインスタ映え通り越して「インスタ勝ち!」出来そうに思うのはボクだけかしら?

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