2010/3/30

フランツさん  分類なし

ずっと気持ちの整理がついてなくて、かといって今はもっと落ち着かなくなってしまったんだけど、もう隠すべきではないから書きます。


ひとつ屋根の下に暮らしていた大家さんであるフランツさん

先週からHospizホスピスにいます

今まで何度もガンを克服して、昨年の秋に(このことはブログに書いていませんでしたが)数週間入院していたときも元気にまた家に戻ってきてくれてた、小柄な体にエネルギーが溢れたフランツさん


チェコから帰ってきた3月7日の夜11時
ラインバッハのこのフランツさんの家に戻ってきてすぐに何かおかしいと気付いた。 家に明かりが点いてない。 フランツさん、もう寝てるのかもしれない、と思って静かに中に入ったけれど、いる気配がない。

翌日、庭にフランツさんが普段使っていた手押し車が置いてあるのを見て

そのときに感じた 

あぁ やっぱり家にいないんだ

という予想は当たっていた。



悪性の大腸ガンが見つかり、それが他の臓器にも転移している

検査の結果がわかり即刻入院したのは私がチェコから帰ってくるまさに前日の土曜日でした。  

家主がいないまま私とエレンはこの家で暮らし、イースター休みが始まってからはこの広い家で今私一人です。

お隣に住む娘さん夫婦からフランツさんがHospizに入ったことを知ったのが先週。 まだ病院で入院していたフランツさんにお見舞いの手紙を2人で書いて渡してもらったばかりだった。

エレンも私もショックで・・・

だってそれは 

もうフランツさんが家に戻ってこないということだから・・・ 


「死の病だからもうどうすることもできない」と言って、娘さんは私達の前で泣いた。



チェコに出発する前、フランツさんに「行ってきます」の声をかけて出発できなかったことをずっと後悔してた。 そして、まさかこんなことになるとは思っていなかった・・・ 会ったらたくさんおみやげ話しようと思ってたのに!


今日、私は娘さんご夫婦にお願いして一緒にボンにあるそのホスピスを、フランツさんの暮らしている場所を訪ねた。

鳥たちの囀りが聞こえる、新芽が息吹く林の中にその建物はあって、フランツさんの部屋は廊下の一番奥にあった。 春の明かりが差し込む部屋にフランツさんはいた。  1ヶ月以上ぶりの再会。




家に帰ってきてからしばらくして涙があふれ出てきた。

失礼な奴!

まだフランツさん生きているのに!!!

でも涙は止まらなくて、部屋にいられなくなって、外の鶏小屋に行った。
フランツさんが毎日世話をしてかわいがっていた鶏たち。

フランツさんに今日会って来たよ・・・

そう言えたっきり、やっぱり涙が止まらなくて泣いた。
鶏たち、餌も持ってないのにみんな集まって、大人しく、そして不思議そうに私をずっと見つめていた。


自分が死ぬのは恐くないけれど
自分が大切に思う人たちを失うということが恐い。



この木曜に娘さん夫婦は再訪する予定だったけど、フランツさんの今日の様子を見て明日も行くと言っていた。 先週訪れたときより今日はひどく見えると言って。 そんなに悪くなってるの?

お孫さんが持ってきたリンゴのケーキもほんの数口しか食べれなかったし、水もほとんど飲めなかったし・・・

目に見えてフランツさんは衰えていたけどそれでも持ってきた新聞に目を通して、写真を見ておしゃべりできる人の命がもうすぐ尽きようとしているなんて・・・  


私はまだ受け入れられない 

たとえ娘さん夫婦から「ここがOmaの最後の部屋だ」と言われても 
フランツさんの口から「ここで逝くのを待っている」と言われても
  
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