2009/3/1

春  分類なし

春だ〜♪春〜♪春ハレルヤ〜♪

なんてことを小鳥たちは鳥語でしゃべってるんじゃないかなぁと思う暖かい日曜日。散歩してると鳥たちがもう前と比べたら格段に元気に囀っているから、そんな空想してしまう。 もし私が小鳥で、羽をふくらませながら長い冬の寒さと飢えを耐え忍ばないといけないとしたら、春の訪れにはもうなんて言ったらいいかわからないくらいやっぱり嬉しくて「春ハレルヤー♪」って歌ってしまうだろう(笑)

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名前がわからないけど、かわいい花たちも春を告げてくれます


春といえば・・・

2006年の3月15日、忘れもしないドイツ留学の始まりでした。
外大で専攻してるくせにドイツ語もままならないまま、右も左もわからない、これから何が起こるかも全く分からない家なき子の状態でドイツに上陸。こっちの大学に入るわけでもなく、語学学校のコースを日本で契約していたわけでもなく、予定は未定、確かなものは何もなかった。ただStuttgartにあるステンドガラスの工房に行くとだけ決めて。。。そんな日本人留学生は、同じ年にたくさん渡独したドイツ語科の留学組の中にもおらず、今考えても自分はどれだけ無鉄砲で恐いもの知らずだったのかと思う(え、今もあまり変わってない?!笑)
でも魔女の宅急便のキキになったような、わくわくするような春の始まりでした。

2007年の3月、帰国日が迫っていました。
ステンドグラス工房のゴメッツ先生、愉快で優しい生徒さんたち、クロアチア人の大家さんゾフコおばちゃんと義妹のメディチおばちゃん、Volkshochschuleのドイツ語コースの仲間、Stuttgartに暮らす日本人、独日協会のオットマーやBremenのネフさん・・・誰も何も知らなかった街でたくさんの人と出会えて、それこそ他の子が経験できないようなことも経験できて、ここに来て本当に良かったと感じていました。だから大好きなみんなと別れて、私のドイツでの故郷となったStuttgartを離れなければならないことが悲しくて、春よ来るな!とあの時は思ってました。もちろん今通っている学校に入学するため、また絶対ドイツに行くとは決めていたけど来れる保証なんてありませんでした。 さらに、帰国目前にして祖母が亡くなったこともあり、今までになく別れを強く感じた悲しい春でした。

2008年3月、大学卒業という形式的な節目を迎えました。
同じ帰国組だった同級生たちもついにみんな社会人。私は学生課に提出する卒業後の進路届けで【その他】をチェックした超マイノリティー。自分の選んだ道に不安がない訳はもちろんなく、働き始めた皆にはやはり引け目のようなものも感じていました。 
だけど「本気でやりたいんだったら応援するから」と母に言われて、帰国後に復帰して4年間続けてきた塾のバイトと3年間働いた居酒屋のバイトをこの時やめ、神戸のとあるアトリエに通い始めました。実験みたいなことばかりしてたけど自分の作りたいものを作れるってやっぱり最高に楽しい。そして、そこでも全く新しい人たちとの出会いがあり、とても充実していたと思う。 余談だけど、学生でもフリーターでもなくなった私。「何してらっしゃるんですか?」と美容院で聞かれれば、「夢見るニートです!」と答えていました(引きこもりじゃなかったけど 笑) 
渡独後は学校というまた新しい世界での出会いがたくさんあり、大きな意味で、私の人生の第2ステージの始まりを感じさせてくれた春でした。

今年の春はあとで振り返った時どんな春になるのでしょうか?^^
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