15年ほど前に亡くなった私の父親は、新潟の片田舎で小さな接骨院を夫婦二人で営んでいました。父親の接骨院は決して豊かではなかったのですが、それでも私たち3人の兄弟を育ててくれました。柔道場を持ち、子供に柔道を教えるのが本業であり、接骨院は副業でした。サービス業なんて考えは無縁でな人でした。30年前は、接骨院の数も今よりずっと少なく、父親のような小さな接骨院にも、骨折・脱臼などの外傷の患者さんは結構来ていました。子供のころに良く覚えているのは、真夜中に急患で若い夫婦が肘内障の幼子を連れてうちに来たときのことです。父は、泣き叫ぶ幼子の肘を持ち、ほんのちょっと動かすと整復され、あっという間に痛みは治まりました。さっきまで痛かった子供は、飴玉を貰って、笑顔で帰って行きました。そんな患者さんが毎月のように来ました。きっと年配の先生方は同じのように経験していると思います。今、私は、あのころの父親と同じぐらいの年齢になりました。お恥ずかしいのですが、肘内障の患者さんを何年も整復していません。患者数は父より多いのですが・・
これはうちだけの問題でなく全国の接骨院で起きています。都会では、整形外科医院や総合病院が徒歩圏内にいくつもあって、患者さんは捻挫などするとレントゲンのある医療機関に迷わず行きます。20年前ぐらいまでは、まだ、今より接骨院に外傷患者が来ていたように思えます。その頃の患者さんは、捻挫をしたら、まず、いきつけの接骨院に診てもらい、そこから紹介されて整形外科に行きました。ところが、これだけ接骨院がたくさんあると、選択肢は患者さん側にあります。国民の接骨院に対する信頼度が低くなっていることも大きな原因です。悲しいのですが、多くの国民は、柔道整復師像に骨折・脱臼などの外傷治療を求めなくなったといえるのでしょう。まして、整形外科医院が互いに競い合っている時代であり、新規開業した接骨院などに外傷の患者さんが来るはずもありません。そのため、どういうことが起きているかというと、柔道整復師の若者は、現場実習も満足にできない専門学校で3年間過ごし、卒後、外傷患者がほとんど来ない接骨院で働き、遅くまで、ひたすら患者さんにマッサージをします。接骨院は、肘内障もコーレス骨折の患者も来ないので院長はそれを教える術もありません。これでは、若い柔道整復師たちは、何を目標に勉強をしていけばよいか途方にくれてしまいます。総合病院がデパートで、整形外科がスーパーなら、接骨院は、さびれた商店街の八百屋でしょうか。きらっと、光るような個性のある八百屋だったらいいのですが、問題は、流行らない八百屋の数が急増していることです。もう、漫然と野菜や果物を並べていれば売れる時代は終わりました。

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