車を下りて何歩か行くとそこはほこり臭い体育倉庫のような所だった。「おはようございます。どうぞよろしく・・・です。」10月のさわやかな風がその辺りにふいていたが、部屋の中はむさくるしく雑然たる物だった。ここは東京近郊の国立大学のキャンパス内である。ここに集まったメンバーデT氏のパーティーに演奏するのだった。ベースのYはここの軽音楽部のOBで、私は彼が学生時代よりあちこちのセッションで知っていた。就職はしたものの時々LIVEで演奏していた。彼がこの仕事を持ってきたのだ。T氏の会社関係のパーティーで息子のJチャンのドラムでYがトリオを組む事になっていた。T氏は私もよく知っているジャズファンで、この際だからとYが私を担ぎ出したのだった。ピアノのRチャンとトランペットのN君は初対面だった。私は期待とともにたいへん緊張していた。リハーサルをしながら選曲するとして、最初はブルースをやった。私はたてつづけにパーカーのフレーズを連発しN君にソロをわたした。彼はブラウニーのようにこきみよくバップフレーズを奏でた。私は傍らで演奏者ではなく、聴衆となって呆気にとられて聴きほれていた。演奏が終ると互いのプレーを讃えあった。私は彼らといっしょだと実力以上のプレーができるような気がした。それから何曲ぐらいやっただろうか。私のレパートリーはいくらもなかったが、N君がいう曲はほとんど知っていた。「その場でいわれても知らない曲はできないよ。」といいながら、どうにか選曲ができた。私は初対面の彼らとずっと以前から知っていたかのような錯覚を覚えた。
パーティーの当日はN君が迎えに来てくれた。彼の小さな車に乗って横田基地の近くにあるホテルに行った。乾杯の後、演奏が始まった。お客は堅い会議の後だったので、てんでに談笑しにぎやかだった。ほとんどの人が話や飲食に気をとられていたが、一人だけソロが終ると「イェー」とかけ声をかける人がいた。T氏だった。我々はパーティーだという事も忘れてプレーに没頭した。(普通パーティーの演奏といえばお客のじゃまにならないように静かに控え目に演奏する物だ。)我々はやりたいほうだいに演奏した。今日のスポンサーはT氏だから、T氏がよければ何でもありだった。あっという間の2時間だった。
パーティーが終って我々だけで打ち上げとなった。車で移動していたので酒はほとんど飲まなかったが、何を話してもおもしろく盛り上がった。「社長いいノリしていたね。」「おれT氏に曲を作ろうと思うんだ。」「どんなの?」「ブルー・シャチョーっていうのさ。」シャチョーズ・バンスなんてのいいんじゃない。」笑い・・・。「カムレイン・オア・カムシャインのパロディーでカムシャチョー・オア・カムシャインなんてのおもしろいよ。」爆笑。「そういえばこの前の部室でやったリハの後部員の間でたいへんだったんだよ。」「なになに・・・。」「カトチャンの事(あいつはいったいだれだ?)というんだ。サングラスなんかして譜面も見ないで我が物顔にやっていたので、大分後輩が胡散臭くおもってたんだ。」「えっ。」私は何の事だか見当がつかなかった。「だから(あの人は目が見えないんだよ)って説明してやったんだ。そうしたら後輩達も納得ってわけ。」笑い・・・。「謎のミュージシャンだったってわけか。」苦笑。

0