2011/5/4

ビンラディン殺害に思う・・  生活

広島の街がフラワーフェスティバルで賑わう、この季節・・・

世界では別の大きなニュースが流れている。

米軍特殊部隊による

ビンラディン容疑者の殺害というニュースだ。

世界の一部では、合法的なものかどうか疑わしいという意見が出る中

アメリカ国民の93%が、大統領の決断に支持を表明しているという。



一方昨日の朝刊に載った、日本人によるいくつかのの記事があった。

息子が、世界貿易ビルでテロの巻き添えになってしまったという遺族の談話。

長い苦しみの中で、今一番知りたかったのは

事件の首謀者は3000人もの命を奪って、一体何をしたかったのだろうか・・・

という事。

安易な、殺害行為で動機も闇に葬り去られ

解明がされないまま、グループのトップを始末しただけでは

また、新たなトップが誕生し負の連鎖ではないかという不安がよぎるという。



同じく、広島の居住者で息子をテロで失った遺族も

『憎悪の連鎖はやめて・・』と訴える

暴力を暴力で解決することは悲しいことと書かれている。



そんなニュースを見ていると

ふと、子供達がまだ小さくて、家で一緒に生活していた頃を想いだした。

テレビの時代劇で水戸黄門や桃太郎侍など

正義の使者が悪人達を成敗するという番組が、過去にも現在も人気を博している。



しかし、番組を見ながら考えていると

一人の正義方の人間が、推測や部下からの情報を頼りにしているだけで

果たして、悪役側の相手を即時悪人だと決め付けていいのか?

という疑問が湧いてくる。

又、仮にそのトップが悪人だと決定したとしても

それを取巻く家臣や兵卒達も全て悪人だと決め付けるのは早計で

むしろ正義の使者と呼ばれる者が、悪事に何の関係もない者達を、巻き添えにして殺しているという図式が成り立つ・・・



家族でテレビを見ながら

『誰がどうやって悪人だと決め付けるのかぁ〜』

とか

『何の関係もない者達までも巻き添えにして、その家族達の事も考えているのかぁ〜』

とか、叫んでいると

周囲から 『お父さんはもうテレビ見なくていい!!』

という声が飛んできて、シラケムードになっていったのを想いだす・・・

しかし、今でも日本のテレビで簡単に人を殺したり、ゲームによって相手をやっけたりする行為が正当化して人気を博しているのは、人間教育としては果たしてよいものかどうか疑問を持つ。

世間で凶悪犯罪が後を絶たないのは、こういう世相も関係しているのではないかと思う。

自分が面白くない事に出会うと、短絡的に自分の正義の為に他人を悪に追いやってしまう・・・



話がすっかりそれてしまったが、世界貿易ビルでの多数の居住者の犠牲も

この度の、パキスタンの隠れ家でのビンラディン一人の為に、周囲を警護している人達を一網打尽に殺害するという行為も同じと考えられないか?

まさに、暴力を暴力で制圧する事は、それだけ悲しむ人たちを増やしていくという結果しか残さないと思う。

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私の家内が、今ヨーロッパに行っているが、数日後には某中東の国際空港を経由して帰ってくる。

自分勝手なようだが、せめてその経路でだけは、テロが起こらないことを祈る。



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