kuriharaです。ヨロシク。

2007/9/30

続  

あとまあ、どんな話題が、
ありましたっけねえ・・・。
ああ、その、自分たちの、
サークルのボスみたいな、
ハーフの人というのは、
なんか、もう、だいたいの、
沖縄にある飲み屋みたいなものは、
殆どもう全部知ってる、とか、
そういう感じの人らしくて、
それで、そのハーフの人が、
新たなヴォーカル候補というのに、
タ○ーという、飲み屋を、
教えたらしいんですよ、
そしたらもう、その、
新たなヴォーカル候補というのは、
その、タ○ーという、飲み屋に、
もうほとんど、入り浸りみたいに、
なったらしいんですが、
まあ、最初のヴォーカルの、
人も、タ○ーと言う飲み屋に、
行ったらしくて、それで、
「なんかヘンな踊りをする、
ヘンな人」、みたいな感じで、
なんか、話題になったらしくて、
それでまあ、その後、
まあ、新たなヴォーカル候補と、
最初のヴォーカルの人と、
自分で、その、タ○ーという、
飲み屋に行った時、まあ、しょうがなく、
自分も、踊ったりもしたわけですが、
まあ、なんとか、「ヘンな踊りをする人」、
みたいな感じで言われることは、
何とかさけることができた、みたいな感じは、
あったのですが、まあ、その、
赤い色でしか映らなくなったTVで、
FENを流しっぱなしにして、オブジェ、
みたいな感じで飾っておくようになった、
飲み屋、というのは、その、タ○ーという、
飲み屋なんですけれどもね。
あとまあ、なんか、黒人の人系統の人が、
よく集まる、飲み屋なんかもあって、
それでまあ、また、サークルの部員なんかでも、
こう、ちょっと行ったことがあって、
その、例のブラックミュージックが好きで、
山田詠美風の小説を書く、女子部員なんかが、
「ここは、わたしのふるさとだ」なんて、
言ってましたけれどもね(^^;)。
とまあ、ちょっと短めですが、
今回は、これくらいにしておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/29

続  

ああそうそう、それから、
沖縄時代の初期の頃、
沖縄国際大学の学生で、
ラグビー部かなんかで、
小柄なんだけれども、
食堂とかに行ったら、
トンカツ定食を、
2食も注文するような、
学生とかがいて、
それでまあ、その、
学生なんかが、
「よく、親父なんかに、
殴られたりして・・・」、
とか、そんなような話とか、
よくしたりしてて、
それでまあ、その学生(男)、
というのは、キリスト教に、
改宗したりしてたらしくて、
その学生に連れられて、
沖縄にある、キリスト教の、
教会に、連れて行って、
もらったことも、
あります。それでまあ、
その教会で、まあ、いろいろ、
牧師みたいなのが、説教したり、
こう、なんか、バンドみたいな感じで、
演奏したり、こう、並んで、
小銭とかを、寄附したりとか、
そういうような感じのことを、
やったりとか、そういうことを、
したりとか、それでまあ、その教会で、
まあ、色々説明を受けたりとか、
そういうこともあったりしました。
あとそれから、天理教の、初老の、
人物とも、接触したこともあります。
まあ、いわゆる、肉体労働の、
「立ちんぼ」みたいなのも、
あったりしますよね、それでまあ、
自分も、ちょっとそこに行ってみたら、
まあ、初老の人物が話しかけてきて、
それで、その人物の家なんかにも、
おじゃまさせて貰ったりして、
その人物は、妻子があるような、
人物だったんですが、
まあ、色々天理教の、説明を受けたり、
パンフレットを、見せて貰ったり、
それでまあ、沖縄にある、
天理教の教会というのにも、
連れて行って貰ったりも、
しましたけれどもね。
それでまあ、なんか、一応、
自分のアパートにも、招待も、
したりして、それでまあ、
当時、沖縄の、自分のアパートは、
散らかし放題で、「全く汚い部屋だよな」、
みたいな感じで言われて、それでまあ、
部屋のかた付けなんかも、手伝って貰ったりとか、
そういうこともあったりしました。
とまあ、そんなことがあったりもしましたが、
まあ、良いのか悪いのかは、よくわかりませんが、
結局、キリスト教にも、天理教にも、
入らなかったのですけれども、
まあ、沖縄時代には、そんなようなことも、
あるという、まあ、今回はこれくらいにしておきます(^^;)。
0

2007/9/28

続  

ああそうそう、その、
バンドで、シンセで、
ドラムの音とか、
出した人物というのは、
たしか、はじめに、
大学祭で、ヴォーカルとギター、
だけのライブをする時に、
たしか自分が、その人物に、
ギターを借りに行った、
と思ったんですけれどもね。
それでまあ、話の前後関係は、
よく憶えていませんが、
その人物に、ヴォーカルと、
ギターだけでの曲を聴かせてみたら、
「予想してたより、けっこう良かった」、
なんて言ってましたけれども、
それでまあ、たしか、ライブハウスと、
ライブの交渉とか進めたのは、
その人物だと思ったんですけれども、
いちおうまあ、大学祭での、
ヴォーカルとギターだけでの、
ライブが終わった後に、
まあ、その、シンセでドラムの音とか、
出すような人物と、ベース担当の、
同じサークルの部員が参加して、
まあ、ライブハウスで、
ライブをするわけですが、
まあ、楽器屋についてる、
スタジオみたいなところで、
(自分がギターを習いに行った、
楽器屋とは違いますが・・・)
リハーサルみたいな感じで、
練習とかしたりしたわけですけれども、
まあ、一曲だけ、自分が、その、
シンセのドラムに、注文を出した曲があって、
こう、「スネアの音を入れないで、
ハイファットと、バスドラムだけで、
やってくれ」、みたいな感じで、
注文した曲が、一曲だけ、
あったんですけれどもね。
それでまあ、なんか、その、
シンセでドラムの音とか出したような人が、
2〜3曲、アンビエント風の曲を、
作ったりしてましたね・・・。
あとまあ、その、ライブハウスというところは、
店の名前は忘れてしまいましたが、
自分たちのバンドが、ライブをした時は、
まあ、店の人も含めて、観客は、
5〜6人ぐらいだと思ったんですけれどもね。
とまあ、そんなような話もあって、
まあ、今回は、これくらいにしておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/27

続き・・・。  

あと、その、大学生協関係の、
キャンプで、知り合った、
例の、「全部食っていいぞ」、
と言っておきながら、
言われたとおり、全部、
食ったら、「KURIHARA、
全部食ってやがんの」とか言った、
山梨から、沖縄国際大学に、
来ていた学生(男)というのは、
その、アパートで、TVをつけながら、
CDラジカセで、クラッシュなんかの、
CDをかけていて、自分は、
「TVつけながら、CDを聞くとか、
そういうのもあるんだなあ・・・」、
とか、思ったりしましたけれどもね。
あと、そのアパートに、ギターがあったので、
まあ、ちょっとジョークで、まあ、
「誰でも弾ける曲」、みたいな、ギャグのつもりで、
「禁じられた遊び」を弾いたら、その学生は、
「禁じられた遊び」を知らなかったらしくて、
もう、ものすごく、「KURIHARA、めちゃくちゃ、
ギター上手いなあ、いや、すごいよなあ」、
なんて言っていましたけれどもね。
あとまあ、その学生は、もう、沖縄に来て、
ものすごく、交流関係とかも広くて、
もう、けっこう、沖縄の学生の間でも、
「なんか、あいつは、よくわからないけれども、
なんかすごいやつだ」みたいに言われてたり、
してたそうですが、それでも、本人が、「若い頃とかは、
自閉症だった」とか、そんなこと言ってました(笑)。
あとまあ、もう、自分とかが、「もう、そろそろ、
山梨の実家に帰ろうか・・・」、とか思い始めてた頃、
その学生を見かけたことがあって、なんか、
髪を、金髪に染めてたんですけれどもね(^^;)。
ああ、あとまあ、その、大学生協のキャンプで、
知り合った学生の中には、内地から来ていた、
また、他の学生(男)がいて、これもまた、
自分が、山梨に帰ろうとしていた頃、
まあ、その学生を、見かけたことがあって、
まあ、なんか、風の噂で、その学生は、
アラスカに行っていた、と言う話を聞いて、
それで、見かけた時、以前は、さっぱりした、
短髪だったのですが、なんかこう、長髪を、
後ろで縛ってるみたいなような、髪型に、
なってましたけれどもね。
あとまあ、サークルに、ブラックミュージック、
とか好きで、なんか、山田詠美風の、
小説を書くような、女子学生がいて、
で、これも、自分が、山梨に帰ろうとしていたころ、
見かけたことがあって、なんか、普通の、
一般社会人的な、そんなような感じに、
なってましたけれどもね。
とまあ、沖縄から、山梨に帰ろうとしてた頃、
そんなような感じもあったという、
まあ、今回は、これくらいにしておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/26

続  

あとまあ、どんなことが、
ありましたっけねえ・・・、
ああそうそう、沖縄に、
公設市場、というのがあって、
そこが、けっこう、面白かったの、
ですけれどもね。まあ、その、
公設市場付近で、いわゆる、
前に書いた、「マネキン人形に、
間違えられる事件」が、
起きたのですけれどもね。
あとまあ、もちろん、昔から、
いわゆる、オーソドックスな、
色恋沙汰話、恋愛沙汰話以外にも、
いわゆる、諸々の、性産業、
というようなものも、
あったのですが、まあ、昨今の、
異常に進んだ、発達した、
こう、おおっぴらなものでもなくて、
こう、ちょっと、こっそり隠れて・・・、
みたいなような感じも、
ありましたけれどもね。
あとまあ、その、いわゆる、
自分も少しは、こう、
色恋沙汰話というか、
恋愛沙汰話も、
少しは無いと困るよな、
みたいに思って、
まあその、けっこう書いてる、
電話で口説くだの、
デートするだのとかしたんですが、
それと平行して、いわゆる、
ゲイ系の友人とかとの、付き合いとかも、
けっこうすごく長くて、こう、さんざん、
そういったような、いわゆるゲイ系の、
話を、さんざん、耳にタコができるほど、
聞かされて、まあ、それで、自分とかも、
まあ、ゲイ系にも、非常に興味を持つ、
人間になってしまった、ということも、
言っておいてもイイかもしれません。
あとまあ、沖縄に、いわゆる、ポルノ映画、
ばかり上映している、映画館があって、
それで、その、上地流の空手道場に、
一緒に習いに行った、友人が、
(その友人は、もちろん、異性愛者で、
いわゆる、ノンケというやつですが・・・)
「自分はここに、入ったことがある」、
とか言っていて、それでまあ、
もちろん、自分も入ったことが、
あったんですが、なんか自分は、
こう、そこに入ったことがあるとは、
なんかどうも、言えないような感じがあって、
まあ、当時の、一昔前の、やっぱりまだ、
諸々の、性産業とかについては、
やっぱり、こう、なんかひっそりこっそり、
というような風潮に、まだ、自分がいた、
みたいな感じがあって、それでまあ、
自分も入ったことがあったんですが、
なんかやっぱり、入ったことがあるとは、
なんかこう、言えなかった、みたいなような、
感じで、まあ、そういったような、
エピソードもあるという、まあ、
たいした話でもないんですが、
そんなような話もあるという、
まあ、今回は、これくらいにしておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/25

続  

ああそうそう、まあ、これも、
沖縄に行って、初期の頃の、
話なんですが、その、例の、
沖縄戦とか、研究したり、
講義したりしている、
I教授というのも出席していた、
何かのシンポジウムみたいなものの、
会場設営のバイトをしたことがあって、
まあ、もちろん、フラワーアレンジメント、
の人なんかも、来てたりしてましたが、
ところで、その、一緒にバイトをした、
人の中に、「ニューヨークに、行っていた」、
とか、言ってた人がいて、まあ、そのころ、
自分とかは、海外なんてのは、全く、
遠い話で、まあ、「ニューヨークに、行っていた」、
と言う話を聞いただけで、「いや、すごいなあ・・・」、
なんて、思ったりしたわけですが、まあ、その人物は、
ニューヨークに行って、日本料理のレストランなんかで、
働いたりして、すごしてたそうで、当時の自分は、
その話を聞いて、「いや、すごい行動力なあ・・・」、
と、感心したんですけれどもね・・・。
ああ、あとまあ、自主制作映画に、出演した時の、
話もしますが、まあ、まだ、バンドとかも、
やってない頃のことなんですが、その、自分と、
後の、バンドの、ベース担当の人物と、
あとまあ、たしか、新たなヴォーカル候補、
も、いましたっけねえ・・・?、
それで、一つ下の新入部員もいて、
まあ、監督とかしたり、脚本とか書いたのが、
その、最初のヴォーカルの人物で、
まあ、もちろん、自分も含めた、
出演者とかが、監督とかにも、
色々ダメ出しとかも、
しまくりましたが、それで、
自分のシーンは、たしか、自分と、
後の、バンドのベース担当の人物と、
新たなヴォーカル候補となる人物が、
3人で、ゾロゾロ歩いているシーンと、
それから、自分が、新入部員に、
なんかこう、いろいろ、説明する、
みたいなような感じで、話しかける、
というようなシーンで、まあ、
自主制作映画に出たのは、それだけ、
なんですけれどもね・・・。
あとまあ、けっこう、部室なんかには、
琉球大学の映画研究会の人たちなんかとかが、
来たりすることもあったし、
あとまあ、ダイビング部の人たち、
なんかが、来たこともありましたけれどもね。
ああ、一応、自分とかも、ダイビング部に、
入ろうかなあ・・・?、というような、プランも、
あったんですけれどもね。まあ、ダイビング部には、
静岡県から、沖縄国際大学に来ていた学生とか、
あと、その、大学生協関係のキャンプで知り合った、
例の、山梨県から沖縄国際大学に来ていた学生とかも、
いましたっけかねえ・・・?。
とまあ、そんなような話もあったりして、
まあ、今回は、これくらいにしておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/25

続  

あとまあ、どんなことが、
ありましたかねえ・・・。
まあ、沖縄に行って、
かなり初期の頃に、バイトで、
金武町(字があってるかどうか、
わかりませんが・・・)、
の、何かの施設で、地方の、
地元の有力者みたいなのが、
まあ、スーツなんかを着て、
集まったりしてたような、
なんかそんなようなところで、
なんかの仕事をしたことがあります。
(まあ、バイトなので、もちろん、
雑用みたいなものですけれども・・・)
まあ、それは、沖縄にもあるという、
山梨の無尽会と似たようなもの、
ではなかったと思うんですけれども、
まあ、割と、沖縄に行って、
けっこうすぐ、なんかそんなような、
バイトとかするような機会があったりして、
けっこう、面白かったですけれどもね。
あとまあ、どんなことがありましたっけねえ・・・、
けっこうもう、色々書いていて、
まあ、もうだんだん、記憶も、
薄れていってるんですけれども、
ああそうそう、急性アルコール中毒、
になった話は、まあ、部室で、
まあ、泡盛を飲まされて、
ぶっ倒れたわけですが、
まあ、医者が来て、脈をとったり、
血液を採取したりして、まあ、
なんとか、意識はあったのですが、
医者の質問とかには、上手く返答が、
できなくて、それでまあ、病院に運ばれて、
ベットに寝かされて、それで、意識を失って、
翌日まで、ずっと、気を失ってたような、
熟睡してたような、そんな感じで、
ただ単に、それだけの話なんですけれども、
いつだか、山梨に帰って、けっこうすぐの頃、
まあ、97年か、98年頃だと、思ったんですが、
薬局をやっているという、高校時代の、
同級生に、某ショッピングセンターで、
会った時、「KURIHARAは、沖縄で、大学に、
通ってたんだよな。急性アルコール中毒に、
なったんだって?」、
なんて言ってきて、まあ、もしかして、
山梨に帰省中の時の、同窓会の時にでも、
自分が言ったのかも知れませんが、
けっこう、話の伝わるスピードとか、
速いものだなあ、とか、思ったりしたことが、
あったりしました。とまあ、そんなような話も、
あったりして、まあ、今回は、これくらいに、
しておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/24

続  

あとまあ、そうですねえ・・・、
沖縄と山梨を、行ったり来たりする感じの、
独特の、なんかの、こう、
空気感みたいな感じも、
けっこう、イイんですけれどもね。
まあ、沖縄にいて、帰省の時期が、
近付いてくると、カバンなんかに、
荷物をまとめて、それでまあ、
飛行機で、山梨に帰るわけですが、
それで、まあ、東京の空港に着いてから、
新宿駅まで行って、それで、
中央線で、甲府駅に帰るわけですが、
まあ、山梨が、近付いてくると、
まあ、だんだん高いビルとかも、
無くなってきて、こう、車窓からの、
景色も、こう、田舎の田園風景に、
変わってくるわけですが、それで、
しばらく山梨にいて、それで、
また、沖縄に帰る、というか、戻る、
時期が近付いてくると、また、
カバンに荷物をまとめて、
それでまた、飛行機で、沖縄に、
帰るというか、戻るわけですけれども、
まあ、那覇空港について、
なんか、独特の南国の空気感、
というか、そういうのが感じられて、
まあ、アパートに着くと、郵便受けに、
どっさり新聞がたまってたりしてて、
それでまあ、また、一人暮らし生活、
が、始まったりして、それはそれで、
また、独特の感じの、ムードというか、
雰囲気があったりして、それでまた、
沖縄の生活が始まる、みたいなような、
そういう感じとかも、けっこう、
イイんですけれどもね。
とまあ、そんなような生活を、
していたような時期とかも、
あったりしたわけで、
そんなような時期というか、時代も、
今から思うと、けっこう懐かしい、
ものだよな、とか思ったりすることも、
あったりして、まあ、そんなような、
話もしてみましたが、
まあ、今回は、これくらいにしておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/24

続き・・・。  

あとまあ、いわゆる、
学生時代に、色恋沙汰話、
みたいな感じ、とかも、
まあ、だいたい出てくるわけで、
それでまあ、根本的に、
自分とか、そういったような、
話とか、こう、なんか、
無いようなタイプの、
人間だったわけで、
それでもまあ、一応、
自分とかも、少しは、
なんかそういうようなことも、
したほうがいいかねえ、
みたいに思って、
まあ、いわゆる、
電話で口説くだの、
デートするだの、
そういったようなことも、
してみたんですが、
まあ、なんかそういう感じとか、
なんか、自分とか、こう、
あんまりダメかもしれんなあ、
みたいに思って、こう、さっさと、
あきらめてしまった、
みたいなような、話は書きましたが、
まあ、いわゆる、実家に帰って、
ひとまず、そういったような、
「なんたら話」とか、そういうのは、
ひとまず置いといて、みたいな感じ、
に入ったわけで、こう、なんというか、
こう、一般社会人モード、というか、
こう、もう、効率とか、仕事とか、
収入とか、もう、そういう感じ優先、
とか、なんかもうそういうモード、
に入った、というか、なんか、
もう、割と、でも、会社なんかの、
同僚なんかでも、独身とかで、
自分みたいな感じの人とかも、
けっこう多かったし、べつに、
特に、自分みたいな感じも、
べつに、珍しいものじゃない、
というような感じもあったし、
わりともう、なんか、仕事優先にして、
極力こう、なんか、人畜無害的に、
やりたいというか、こう、
べつに、自分は、特に、なにかの、
責任者になってる、ということも、
全然無いわけだし、でもまあ、
極力こう、自分に出来ることは、
まあやっておこう、みたいな感じもあるし、
やっぱりこう、もう、30代になって、
なんかあんまり人に迷惑をかけたくない、
というか、なんか本当、こう、
人畜無害的に、仕事の効率とか、
収入とか、割とそういったような、
感じ優先で、なんかこう、
本当、こう、実際は、
人畜無害的に、やりたいんですよね。
でもまあ、実際もともと、
本来自分とかは、人畜無害的、
人間だったわけだし、
いや、でも、昔の自分とか、
知ってる人間なら、
べつに、自分とかは、
特に、何か人を脅かすような、
ところとかもないし、
まあ、割と、人畜無害的人間に、
近いような感じだよな、
とか、だいたい、みんな、
そんなような感じで、
思ってるはずですけれどもね。
でもまあ、べつにそういったような、
タイプの人間とか、べつに、
珍しいものでもないと思ったりするし、
べつに、自分的なタイプの人間とか、
特に、少数派に属する、とか、
べつにそういうこともないよなあ・・・、
みたいに思ったりするんですけれども、
実際、べつに、自分とかは、
非常にオーソドックス的、
オーディナリー的、30代一般社会人的、
人間だと思っているんですが、
まあ、ちょっと、「世の中とかを見る目」、
とか、ちょっと弱くなってるのかねえ?、
とか、思ったりすることもあるんですが、
まあ、自分とかは、非常に、オーソドックス的、
オーディナリー的、30代一般社会人的人間、
だと思っているんですけれどもね。
とまあ、こんなような話も書いてみましたが、
まあ、どうなんでしょうかねえ・・・?、
今回はこれくらいにしておきます・・・(^^;)。
0

2007/9/23

続き・・・  

あとまあ、どんなことが、
ありましたかねえ・・・、
一応、色々誤解を招いたり、
することがないように、
極力こう、正確に、
伝えていきたいと、
思っているんですけれども、
まあ、その沖縄時代の、
自分が描いた絵とかについて、
解説すると、まあ、
看板なんですけれども、
まあ、最初、サークルで、
大学祭とかで、上映会、
なんかした時に、こう、デタラメに、
文字が、散らばってたり、幾何学的な、
立方体が、描かれている、
というような、看板みたいな、
ものとかを、描いたりして、
それでまあ、また、大学祭で、
サークルで、カラオケルーム、
みたいなことやった時に、
まあ、「カラオケキング」という、
まあ、ちょっと、陳腐で、チープな、
名前で、店を出して、それで、
看板には、「カラオケキング」という、
店の名前と、雲が流れている、
空を背景に、トランプのキングが、
描かれているような、看板を、
描いたりしましたね。ああそうそう、
「カラオケキング」という、店の名前は、
その例の、新たなヴォーカル候補というのが、
以前、まだなんのトラブルもなく、
バンドの話とかも出て無くて、
まだ、普通に友人として付き合ってた頃、
「王様になりたいわけさ」とか言っていて、
それでまあ、こう、「王様になりたいわけさ」、
というような、発想というのを、まあ、
初めて聞いたわけで、まあ、自分とかは、
あんまり、「王様になりたいわけさ」、
みたいなような発想とかあんまり無かった、
わけですが、その、「王様になりたいわけさ」、
みたいなアイデアは、面白いかもしれない、
とか思って、そこから、着想を得て、
「カラオケキング」、という、
店の名前にしたわけですけれどもね。
でまあ、チケットなんかは、
エジプトの、ヒエログラフみたいなような、
ものとか、絵文字みたいなものとかを、
プリントゴッコ(笑)で、大量に印刷して、
まあ、半券みたいにして、チケットを作った、
とか、そういうこともやりました(笑)。
あとまあ、また、大学祭で、上映会を、
やったときに、「電影館」という、
店の名前にして、それで、海岸に、
コラージュ風の、目鼻が付いた、
太陽なんかが昇っているような、
そういう看板と、あと、カメラが、
2台向き合ってる構図に、なんか、
光の点が、こう、いっぱい、
散らばってるような、そういう看板、
とかも、描いたりしました。
あとまあ、こう、ラフな感じで、
描かれた、摩天楼というか、
ビル群に、マネキン人形風の、
人物が描かれている、というような、
看板も描きました、それで、その、
看板を見た、ある部員が、
「椎名誠の本の、表紙の絵みたい」、
なんて言いましたけれどもね。
あとまあ、最近、山梨に帰ってから、
通っている絵画教室で、
熊のぬいぐるみが歩いている、
絵を描きましたが、まあ、
熊のぬいぐるみが歩いている絵は、
横長の絵で、「電影館」の、看板は、
縦長の絵でしたね。とまあ、
そんなような看板とか、
描いたりもしまして、
ああ、あとまあ、アパートで、
プライベートに、何かの写真を、
写した絵を描いたのですが、
まあ、どこかのホテルのロビー、
みたいなところの、ソファーに、
人物(男性像)が座っているような写真を、
写した絵を描いて、
まあ、その最初のヴォーカルの人に、
見せてみたら、「まあ、なかなかいいんじゃない」、
みたいなような、言い方だったかねえ・・・?
とまあ、沖縄時代に描いた、看板とか、
絵とかの、話とかもしてみました・・・(^^;)
とまあ、今回はこれくらいにしておきます・・・(^^;)。
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