Lucky Dragon No.5
The Voyages
Oil on canvas _2019
410 x 330mm
© Takeshi Nakatani
秋冬は油彩画家としての仕事のシーンが増す。寒さで感性もさえ制作に集中できるから。もしも私が常夏の島などに流されたら一貫の終わりで、何を生み出していいのやら途方に暮れると思う。いやパピヨンみたいに全人生をそこからの逃亡に当てるかもしれん・・・
油彩画は木枠・キャンバスからなる基底材がしてしっかりしてないと始まらん。それらは画材屋から仕入れるがキャンバスは木枠に自分でストレッチし貼る、これは大きなモノになることが多く大工仕事に近い。そして貼られた画布に下地で白絵具を施す、これは左官屋作業。画布の目地を埋めておく、ベッドにシーツを掛けてから絵具をそこに寝かしつけるのね。
そこからグリザイユというグレースケールでの下書きやその他を積み重ね、最終彩色まで持っていき一応完成。大きいものだと完成に二、三年は付き合う。とはいえ筆を入れない時間、寝食を共にしながら制作の方向を見つめモノとしての存在感と佇まいを醸す時間も大事な制作時間。
このように油彩画というのは他の絵画媒体と違う強者で、それに対峙する時こちらにも強度がないと簡単に敗北なのだ。これは調理において鰻やステーキに向き合うのと似てる、正面から強火で弄らずガツンと火を入れる。弱火でチンタラやらない出来ない。これはエイヤーで仕上げろと言ってるのではない。向き合い方の話だから完成までに何枚もステーキを焼かなきゃならん。
フィジカルは鰻屋やステーキ屋の焼き方だが頭はそれじゃ駄目。油彩大作とかになると深い森に分け入る行為である。そこには決まった出口などなく、自分で出口を見つけ出さないといつまでもその森を彷徨い続けなければならない道行きなのである。
及第点を取りに行くとこっぴどくヤレれ駄作しか生まれない、むしろ赤点覚悟で迫った方が及第点に達しなくとも油彩の神には褒められる。そういうやり取りが交わされる強者のリングいや森が私の油彩画の世界。
この絵は昨年11月末に仕上げた。森に分け入り出口は見つけたが、長い航海に出たままの絵になった。いい意味だ。死ぬに死ねない乗組員たちの永遠の航海。あーもう死なせてって感じ、そういう逆ロマンチシズムも魅力的だ。そうそう海賊がゴーストになって600年も幽霊船で彷徨う映画もあったね・・・
追記
絵画とデザインって現場の違いを問われれば
例えば一人で稼働してるわけじゃない協会って母船や、また依頼者などとのクリエィティブの場合はその航海に嵐が吹き荒れようと多少の事故に合おうと、沈没&心中にならぬように計らはないといけませんな。

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