気の合う仲間などと言う言葉がありますが、これはまさしくその人の持っている「氣」と相性のいい「氣」を持つ人との関係を表しています。
これは私の施療においても多少関係していて「氣」の相性がなかなか合わない方を氣視しようとしてもなかなか深いところまで視ることが出来ないことがあります。特に「竹」が視えてくるとこれはなかなか大変です。霊的なシンボルとして「竹」はそういうスピリチュアルなものを根本的に信じていない強力な現実主義の方の魂のシンボルのようなものらしいからです。竹林などが視えるとこれはもうその辺りでストップで、それ以上は何を視てもそれは私の勝手な自己妄想になるようです。
逆に「氣」の相性の良い方だとまるで映画を見させられているようにビジョンが次々と視えてきます。とても楽しい時間が過ぎていくことになります。
それでも「氣」が合わないから視えませんでしたと言うわけにはいかないので、そういうときは別の手段を講じて何とかその方のスピリチュアルマインドを視るようにしております。それはちょっと秘密のやり方なのでここには書けません。
現実社会でも気の合わない人と仕事をしたり、付き合ったりしなくてはならない場面はいくらでもあると思います。その時にこの秘密のやり方が適用されるのかどうかは定かではありません。

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