子供のころ母の実家へ遊びに行くと、その家は屋根が板葺きで瓦ではなくて中くらいの大きさの丸い石が何百個も乗せてある屋根で、家の中は細長くて暗くて土間がまっすぐ通っていて、古い庶民の住む家でした。
まだ竈(かまど)があって家の中は煤の匂いが何となく漂っていて、懐かしいような在り難いような落ち着く雰囲気がありました。母方の祖母は本当に優しい人でいつでも「よう来た、よう来た。」と大歓迎してくれました。
金沢の少し北のはずれあたりにあった家は間口が狭くて奥行きの長い典型的な町屋で、すぐ近くの小坂神社という中規模の神社の門前町というか旧の北国街道沿いの家でした。後年私はその家への郷愁もあってか近くに自ら古い町屋を買って住み移りました。十年ほど住みましたが、祖母や母の知り合いも数多く住んでいて何だか守られている感がとても強い場所でした。
金沢は今、そういう古い金沢町屋を再生させようという試みが数多く為されています。
人には匂いから思い起こされる古い記憶というものが在りますが、私にとって母の実家の暗い室内と竈のすすの匂いがいつまでも心を安らげる匂いの記憶として残っています。

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