病気を得て生まれて初めての入院生活というものを経験してきました。
あれよあれよというまに入院が決定して発熱しているボーっとした状態のまま、入院・絶食生活へ入って行きました。
病室は四人部屋。相部屋の三人の方はどなたも高齢の男性の方達で、病室はカーテンで完全に仕切られているのでお顔をはっきりと見ることもなく退院まで過ごした形になりました。
それでも様々なお話は耳に入ってきます。それぞれの人生があり、ご家族の方達のご様子があり興味深いものを感じておりました。
また看護師さん達には細かいところまで様々にお世話になりました。入院患者さんのほとんどが高齢者の方達であり、彼女や彼らのご苦労は病を癒す以上に日常の日々をお世話することが入っているように思えました。
病を得ると言うことは「不都合」で「不便」ではあるけれど決して「一生の不幸」を背負ったわけではないというように思います。ましてその人自身の責任であると言うようなことは99%あるわけではないと思いました。
病室は清潔に保たれ食事は美味しく滋養に満ちたものが与えられ、医師の方々は毎日回診されて様子を確認されていきます。システムとして病院と言うのは完成形に近い形になっていると感じました。もちろん何かを不足に感じればそれは不平不満の塊になってしまうかもしれませんが、病を得たことを何かの気づかせと感じ取るならば、そこには何かを得るために「日常」というものを一時失った不自由というものがあるのかもしれないと感じたものです。
小旅行を終えて幸いにも私は無事に日常へ戻ってきました。その時に私が得たものは病を得た人の心持に対する不完全ながらの理解というものの一部かもしれないと思いました。

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