それは十何年も前の白山登山のときのことでした。親友と二人で「中宮道」という一般的ではない登山道を使って、白山を登っていたときのことです。
途中で道がわからなくなってしまいました。分岐点があったらしいのですが、滅多に人が使わない登山道なので、山中の細い涸れ沢に入ってしまったようでした。多分、雨が降るとゴウゴウと水が流れ落ちるだろう細い谷間を登っていると、とても冷たい冷たい冷気が上からすーっと流れ落ちてきました。
「見えない水」というようなものが私の身体を満たして落ちていきます。大きな蛇に飲み込まれるような感触を感じました。「これはいけない、このまま登っていっても何もない!」という恐怖のようなものが私の心に湧き上がりました。夏なのに、心も身体もひんやりとしてしまったのです。
あわてて、友と二人で元の道に戻って分岐点で正しい道を見つけ出して無事に登山を続けられました。でも、あの時の「見えない水」の感触は十何年経った今も忘れられません。今考えるとあれは水の神が教えてくれたのかも知れず、水の魔が近寄ってきたのかも知れず、何しろ山の中ではいろいろと不思議なことに出会います。素人に近い私と友人が上級登山者用の山岳路を登って無事に登山出来ていたこと自体が、何がしかの見えない力の保護があったからかもしれないと思います。
何しろ山の中では「見えない水の流れ」というものがあるようです。不思議なものです。

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