
写真はつい、数年前一緒に行った青梅の梅見物の時の旧甲州街道を歩く、友人の姿である。
それが、病魔に蝕まれ、その歩く姿に、今の姿をとても重ねる事が出来ない位に悪くなってしまった。
玄関越しに声をかけると、「ハーイ」と中から反応があったが、中々玄関口に出て来ない。
しびれを切らし、玄関の引き戸を開けると、柱に掴まり、ようやっと立っているTさんが突然の訪問に精一杯の笑顔で出迎えてくれた。
部屋の真ん中に仮設の柱がドンと立っているが、最早衰えた筋力に、これに掴まりながら、漸く家の中を移動している。
「これを見てよ」と言われるまま2階に通じる階段には大きな手すりが、階段に沿って据えられている。
「全く情けねえ〜、もう体が言うことを効かず、2階に上がることは出来ても、降りるのは怖いんだよ」
我が家から数百メートルの距離、何時でも行けると思いつつも、リハビリーで外出機会も多いようで、中々会う事も出来ず、とうとう半年を過ぎてしまった。
しかし、不治の病に是れ程、悪化の方向に進んで居るとは思えなかった。
週に2回は7:30に家を出て、車で1時間、吉野街道から青梅の山奥の多摩リハビリセンターに通っている。冬場ではこちらが雨でもセンターではみぞれに成っているぐらいの山間部である。
更に、週に2回は市内のリハビリに通っており、1週間はリハビリの過密スケジュールの上に載せられている。
歩き、手の動作、喋り、歌を唄うなど単純で根気のいる動作をとにかく繰り返しすることで病魔の進行を抑え、遅らせることしかないようである。
本人の気力と其処まで往復する足廻りと介添え役の奥さんの負担に寄るところが絶大である。
目に見えて、歩く事がめっきり衰えたが、輪をかけ歯がゆいばかりに言葉も重く、ついつい途切れてしまうようで、こちらからゆっくり話さないと、最早対話が出来ない位に言葉の障害が目立ち始めた。
そんな置かれる状況に、こちらからかける言葉も、どう声をかけて良いやら、戸惑ってしまう。
励ましにもならず、置かれる病魔の中に「顔の色つやは、良い」などと軽はずみに言ったら、「この病気の特徴で、第三者が見たら一見正常者と変わらぬ風体であっても、体の機能は蝕まれ、動けなくなってしまうんですよ」と奥さんから言われてしまった。
お身内にも看護要の方が他に居られ、重なる看護疲れに過日、奥様も救急車で運ばれてしまったようで、奥様の気力が改めて大きな支えになっている。
近代医学を持っても、根治出来ないことが未だ未だあることを見せつけられた。今出来る事は顔を見せ、声をかけ、外部から刺激を与える位しか見いだせない。

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