2008/3/25

タカラコスモス  

タカラコスモス(父サクラシンゲキ 母レデースマート)は平成3年度の
全日本学生馬術大会で日獣大の松浦選手と出場、中央大の白桜と
ジャンプオフとなり優勝しました。
タカラコスモスについてはこのブログでも何度か書いています。
この馬術大会をたまたまNHKで見て、また娘もこの年に日獣大(校
名変更されてます)に入学、私はこの牝馬に会いたくて馬術部を
尋ねました。馬房にいた牝馬は華麗な飛越をした仔とは思えない小
柄でごく普通の馬、皮膚病に罹っていたと記憶しています。
その後の学生馬術大会の結果を追ってもタカラコスモスの名前を見
つける事は出来ず、馬術部ではない娘に聞くチャンスもないまま
記憶から遠ざかって行きました。
それが何となく変えたチャンネルに青森の高校にいるタカラコスモス
の姿が、しかも治療の叶わなかった目の病気で盲目となって。
昨夜の日テレ特番でそのタカラコスモスが取り上げられていました。
ほんの一部だけの紹介でしたが既に20歳を超えているであろう牝
馬は馬服を着て馬房に元気な姿でいたのです。
たった1度だけしか会っていない馬なのに、時々想像もしないきっか
けで再会出来、元気な姿は涙でかすんでしまいました。
この放送も馬のお友達が知らせて下さったのです。

この馬と三本木農校馬術部の世話をした女子高生との話は「私、
コスモの目になる」という本にたくさんの写真と共に載っています。
タカラコスモスは1度だけですが牝馬を産み育てており、福島の牧場
へと行ったそうですがその後は知る由もありません。
タカラコスモスが紹介された優駿は1992年の3月号、近づくクラシ
ック開幕、その文字の脇にはミホノブルボン、ニシノフラワーの名が。
この少し前にラフィアンとの付き合いが始まり当時は熱心に優駿を
買い、競馬の本も買って何も知らない馬を知ろうと一生懸命でした。
この時はタカラコスモスの載った北国通信を読み、引退後に行方が
解らなかった生産者さんがこんな立派な乗馬馬になってと安堵の胸
をなでおろしたと書かれてたのを虚ろにしか理解してなかった・・・
私にとってはこの馬とのちょっぴりの出会いがこんなに長く続くとは
思いもしませんでしたが、ラフィアンとの出会いも同じように16年。
年老いたタカラコスモスですが、元気に少しでも長く生徒さんを心の
目で見つめ続けて下さい。
今は大人しくしてるのかな?まだ女王のプライドは捨てきれない?
(紹介されてた当時の優駿から)
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