斬んしい居いきゃぬ 宮古 「カンシューキャーヌ ミーヤーク」
(こうしているうちが浮き世だ現世だ)
私の生まれた佐良浜には『ミャークヅツ』という池間民族伝統のの祭りがある。
8月、9月の甲午の日から4日間、部落の老若男女をあげて盛大に行われる。
中心はムト(祭儀儀礼集団で、昔は同一祖先を持つ同一血族のものであったと思われる)
ムトは4箇所で池間村がマジャムト(洲鎌家)マイヌヤームト(喜久川家)アギマスムト(西銘家)前里村はジャー(広場)一箇所である。
アラビ(1日目)ンナカヌヒー(2日目)アトヌヒー(3日目)ブートゥイヌヒー(4日目)の4日間を盛大に両部落に別れて広場で踊り続ける。
池間村は数え47才、前里村は50才から『ウヤ』となり、参加することになる。
そして、今年は
池間村の数え47才を迎えた『ウヤ』が実は同い年なのだ。
私は前里村なので、あと3年後になるのだが、
池間村の応援という形で、この機に内地などの島外から来る
同級生と共にこの祭りを盛り上げて、同い年の『ミーウヤ』を激励する。
<ミャークヅツ(宮古節)の由来>
或る年のことであった。ちょっとした感冒が流行し、昨日まで元気で遊んでいた男の子は突然死んでしまったのである。
夫婦の悲しみ、祖父母の嘆きはたとえようもありませんでした。遺体にすがっては泣き叫ぶ夫婦、祖父母の痛ましい姿に人々は今更ながら涙を誘われるばかりであった。
葬儀も済みましたが、夫婦は墓を立ち去ろうとせず、翌日も、またその翌日も、ひたすら男の子の蘇生を念じながら子の名を呼び泣き続けるのであった。
...しかし、蘇生するはずはありません。
3日目(ナイチャミィ)に思い余って夫婦は墓をあけ、棺桶の中を覗いてしまったのです。
なんたる悲惨。みずみずしかった子供の遺体は腐爛し、見る影もない有様に変わり果て、この世のものとは思えない形相。
...コレが最愛の者の死後の姿なのだろうか、人間のもつ宿命なのだろうか。
夫婦は死体に人間の宿命の惨さをみて泣きました。
『人間は死んでしまえば、あんな醜い悲惨な有様に変わり果て、ついには白骨となり土と化していくのか...。のであれば、死後の世界はどうであれ、この現世を辛くても苦しくても悲しくても、年に一度は楽しく踊り生まれ変わる日を願おう。
人生のすべての不幸を自ら解放して踊ろう』
と、ミャークヅツ(宮古節)をはじめたという。
斬んしい居いきゃぬ 宮古(こうしているうちが浮き世だ現世だ)
@部落の老若男女は、どんな不幸なことがあっても必ずブーンミャー(踊り庭)にでる。でないと不幸はつづく。
A不幸なことは一切忘れて踊ること。
とされている。
<この祭りでのタブー>
@ケンカ、口論はしないこと。
A無礼な振る舞いはしないこと。
B罵詈雑言を言わないこと。
C特にミーウヤ達は刺身や酒菓子等を自分から食べたり飲んだりしないこと。
D金銭、物品の不正をしないこと。
などがある。
佐良浜の人々が池間島から移り住んでこのような祭りが伝統的に行われるのを池間民族の一人としてたいへんに誇りに思うのである。
今も昔も現世を慈しむココロはやはり不変のものであり、先人の子孫に対する深い愛情を感じるところだ...。

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