いまは亡き 明治生まれの祖父は海人であった。
戦前の貧しい時代に10代の若き海人であった祖父の話。
伊良部島は佐良浜の生粋の漁師であった祖父は、
5人の先輩海人達に従い、宮古島は池間島を臨む「島尻の浜」へ“トマイン”にやってきた。
“トマイン”の語呂は『泊まる海』だが、要するにその浜で泊まり込みで漁をすることだった。
夕方にサバニ(沖縄伝統の刳舟)で浜からスタートして、沖合のリーフまで出向き漁を行う
翌朝には伊良部島へ戻るまでに獲った魚が腐敗してしまうので、
島尻の浜付近でそのまま獲れた魚を部落の人に売るのだった。
この「トマイン」を佐良浜の海人達は宮古島の各ポイントで
それぞれ1週間ほどかけて盛んに行っていたわけだ。
さて、島尻ビーチでのフレッシュな簡易朝市を海人達が開いていたとき
一人の部落男性が近づいてきて、獲れた大きな魚を両の手で掴むや「これを売ってくれ!」と慌てた様子で叫んだ。
海人の一人が怪訝な表情で「これは勧められないよ、他の魚はどだ?」と答える。
男性は譲らず、「いや、どうしてもこれを売ってくれ、いくらだ!」と勢いが増す。
海人は男の勢いに「わかった..代金はいいから持ってってくれ。」とついには譲ってしまったのだった。
だがそのとき部落男性が手にしていた巨大な魚は、
猛毒のシガテラ毒を持つアカナー「バラフエダイ」だった。
...そして、1ヶ月ほどが過ぎ「トマインチーム」は再び島尻の浜を訪れる。
いつものように、朝方にビーチで昨晩の成果を広げていると
あのときのアカナーの男性が大声で手を振りながら、
「あんた達!探したよ〜!」と息を弾ませて駆け寄ってきた。
「さあさあ、家へ来てくれ!全員来てくれ!」と半ば強引にも
海人達を近くの自宅まで招き入れたのだ。
訳を聞くと、年頃の娘が突然病に倒れ原因不明の発熱で苦しんでいたという
医者に訊いてもらちがあかず、何日も途方に暮れていたところで
「アカナーの毒は病気に効くそうだ」と噂で聞いたことがあったのだ。
丁度、島尻の浜にトマインで来ていた海人達からアカナーを譲り受け、
急いで、アカナーを煮込んで娘に与えた。
...果たして..娘はアカナーの猛烈なシガテラ毒にあたり、丸二日間苦しんだが
3日目の朝には病気をする以前のようにケロっと元気に治ってしまったという。
男は、それから毎朝毎晩浜へ出ては海人達が来るのを待ち構えていたのだった。
そして海人達を見つけた朝には大急ぎで家へと一行を招いたのだ。
「アンタ達にはいくら感謝しても足りないよ、ほんとにありがとう!」
男は感謝の気持ちを海人達に何度何度も繰り返し伝え、
朝からヤギ一頭つぶして宴会で豪勢にもてなし、
帰りには四升もの泡盛を土産として持たせたという。
トマインとアカナーと...島尻の浜での出来事。

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