シルバー・ウイークなんて勤め人じゃない僕にはピンと来ないのですが、皆さんはいかがお過ごしか?
今日は、僕が昔住んでいた80's のNew Yorkのダウンタウン、East Villegeのことを少し書いてみることにする。NYのマンハッタン島は摩天楼こそそびえ立つが、それほど大きな島ではない。北からハーレム、アップタウン(上流白人地域)、ミッドタウン(ビジネス街)、タイムズスクエアー(新宿歌舞伎町のような歓楽街)、チャイナタウン&リトルイタリー、ソーホー、ウオール街(金融街)など地域によってその町の特色が違う。僕のいたイースト・ビレッジはスラム街(黒人やプエルトリコ人などを中心に移民の町)治安もひどかったが、アパートも安く、自分のアートなどのためのスタジオが必要な若い名も無い奴らでニュー・ウエイブな何でもありな町だった。しかしこのイースト・ビレッジみたいな町の成り立ちは、日本に照らしてもその例が見つからない。東京にもこんな町は無い、日本には韓国や朝鮮の移民くらいだし、その生活感も相当シビアだし。そんなイースト・ビレッジのサイズはというと、ちょうど伊勢の市街地(あるく!マップ伊勢に紹介の範囲)に等しい。昔からあった飲食店に、若いヤツをターゲットにしたバーやクラブ、ファッションやもろもろの店が自分達の手作りで、凄い勢いで開店した。
皆さんは「サブカルチャー」なるものをご存知か?
サブカルチャー(subculture)とはある社会の正統的・伝統的な文化に対しその社会の一部を担い手とする文化。それは例えば大衆文化、若者文化など……支配的な文化や体制を否定し、敵対するようなサブカルチャーは90年代には、カウンターカルチャー(対抗文化)とも呼ばれる。サブカルチャー(subculture)は、新しいがゆえに一段低く見られがち。既存の文化に親しんだ人(その時代の大人、既得権者)からすれば、その新しい何かは異物なわけで、自分たちの文化と違うものだから、受け入れる事ができずに、それを「文化」の外に置こうとする。
イースト・ビレッジは、町自体がまさに「サブカルチャー」で社会の正統的・伝統的な文化とは少し違うパワーを持ったニュー・ウエイブな場所だった。ミュージシャンや写真家に画家、様々なクリエーターはそんな町の中で、踊っていれば何かが生まれ、それが出来損ないにしても文化だった。
僕がネオ・ウメダを通してやってる活動なんかも自分では「サブカルチャー」だと思ってる。このところ自分の今いる場所についてよく考える。それは伊勢市河崎を中心に伊勢市や三重県やその周りなんだけれど……イースト・ビレッジ時代みたいにそこに用意されてる町が無いわけだから、自分達の出来る範囲でそれを生み出さないといけないと思う。そして微力ながら、それに取り組んでもいる。
近々「あるく!マップ伊勢」2009年第3版が出来上がります。新たに紙面を作ってると、新たな店が少しづつ増えてるんです、もちろん無くなってる店もあるけれど、印象としては増えてる。少し嬉しいです、大型商業施設なんかが大資本でもってドカンと出来ても、町の個のパワーが吸い上げられるばかりで、それが自分達の側から生まれて来やしないと思う。小さなお店は町の個のパワーだと思う。そして、バブルのころみたいに、自分の店や自分の活動でドカンとやっていればいいと言うのじゃなく、そこそこ、最小限でもいいから小さな沢山の店や商いが共存できる町が美しいと思う。そんな店の数々の想いは自分の商いのその向うにあることにアプローチしていて、結果伊勢って小さな町がそれによっておもしろくなってるなんてことなのだ。
何か江戸の市井の時代小説なんか読んでると、江戸の時代の下町もそんなようなものだったんだろう……なんて思うのである。各人が大儲けせずとも、必要最小限で暮らしていける、小都市の成り立ちと文化。そういうものの大事さ。そんな江戸の時代の下町なんかは、日本の数ある時代の中でもかなり人間や人情が豊かに実っていた時代だったろうななんて思いもするのである。
ひとりひとり、個の単位で出来うることをやれば、少しでもそんなおもしろい伊勢ができるんじゃないか……なんて思うのは僕だけか?
俺もだよと思うヤツは、拍手を入れてちょーだい。皆の励みにしようじゃないですか。

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