2年前2007年のお盆からリノベーションに取り組んだ梅田邸、これで2回目の夏を終えたことになる。その間に近所の方々(ほとんど僕より年配)から梅田家がどんな家だったかを少しを聞き、そして僕も作業の合間にそれを想像もしてみたりもした。間取りの少ない小さな家に、小さな裏庭だからそこで長年住まわれた梅田家の暮らしは、それはそれは密度の濃いものだったと想像する。そういう時代だったろうし、それは生活密度よりも、何かこの場合「家族の密度とその時代の時の密度」かな……僕が直にお話したのは73歳になられた梅田さん、ここで生活されていた当時、弟さんは障害をお持ちだった様で、家の道側の2階の窓からいつも外を見ていたとのこと。その窓、確かに周りに高い建物などなく、本当に心地良い下町の眺めがあり、今も昔もあまり変化してないと思う。今の季節は、前の家の玄関に百日紅・サルスベリがピンクの花を咲かせている。
そして、この2年の間に数名の初老の方が「ここの◯◯ちゃん、あるいは◯◯くんは元気でしょうか?」と、前を通りすがったついでに寄っていくことがあった。小学校で同級生だったとかいう話しである。僕は作業の手を止めて、知ってる範囲で応対をさせてもらった。しかし要領を得ない、僕の知り得る情報と彼らの話しが、ほとんどの場合符号しないのである。
僕は梅田家の人間じゃないし、彼らも年齢のためだとは言わないまでも、少々困った受け答えがほとんだった。僕はそんな彼らに「この人たちは、相当自分たちに都合良く美しく、自分の記憶を処理してるんじゃないのか?」なんて考えて作業に戻ったりしたものだ。
そんな免疫のできた僕は、あっ、またその手の年配者を見ると、さっと違う作業に切り替えるそぶりで、身をひるがえして奥に引っ込んだりした。そんな僕であったが、数日前タイミング悪くまたしても初老の男性につかまった。ヤバいと思った時には too late 遅すぎた。
「広くんはどうしてる?昔幼なじみが住んでた家だ。遊びに来た事がある。」と言う。相手は自転車にまたがり、堂々とした振る舞いで、眼光も鋭いものがある。こっ、これはいかにも手強そうだ。僕は「広さん?ここはもと梅田さん家族が住まわれてた家です。近所にも広さんって家はありませんが」と答えたが、自分の記憶を信じ疑わない男は「わしは小学校一緒やったんやんな」と言い、怪訝な様子。僕の主張だけが宙に浮いた状態になってしまった。
んーん、たまらんなー……
そう言えば「記憶なんて、映るはずもない遠すぎるものを映しもすれば、それをまた近いもののようにも見せる、幻の眼鏡のようなもの」なんて話しもあったな。人の記憶や脳の行いなんてそれぐらいで丁度いいのかもしれないね、精密機械じゃないからいいんで。それに、僕が応対したおじさん・おばさんだって幻に梅田邸を通りすがっただけかもしれないし、僕自身の記憶だって第三者からしたら怪しいとも言えるだろうし……
すれ違いも世の摩擦、そこに熱が帯びスパークしてるのだから、このように考えれば楽しいと思えないこともない。
では、いい週末を

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