1965年・僕が5歳の頃、母親が食い入るようにテレビ見つめて涙してるのを、良く覚えている。自分でも不思議だがハッキリと、母の口から「吉展ちゃん事件」について聞かされたが、まだ子供だし、ただ怖さしか感じなかった。これは、1963年3月31日に東京都台東区入谷(現在の松が谷)で起きた男児誘拐殺人事件。誘拐され殺されてしまった吉展ちゃんは僕より1歳上だから、きっと母は気持ちが重なったのだろう。そしてこの「吉展ちゃん事件」って名前は、その後も忘れる事は無く、僕の記憶に残った。
そして、先週末TVでこの事件を扱ったドラマがやっていて、見入ってしまった。主役は渡辺謙演じる、刑事の平塚八兵衛の半生をたどったもの。この実在した刑事は若い頃に、自身誤認逮捕され刑事から暴行を受けた経験から刑事に転職した経緯を持つ。「落としの八兵衛」「喧嘩八兵衛」「鬼の八兵衛」「捜査の神様」など数々の異名で知られる敏腕の刑事で、取り調べにカツ丼を食わしておいてから、容疑者をゲロさせる逸話も、真実かどうかは別に有名な人。後に三億円事件の捜査もまかされるが……そういえば今も「足利事件」で菅家さん誤認逮捕で何ともタイムリーです。
話しを「吉展ちゃん事件」に戻す。この事件から報道協定がしかれたり、身代金奪取、TVやラジオによる公開捜査、犯人・小原保のキャラクター(片足が不自由)などによってドラマティックに語られ「戦後最大の誘拐事件」と言われた。僕の母も正面からこのTVやラジオによる公開捜査で、犯人の肉声にメディアを通じて触れていたわけだ、きっと日本中がこの事件に震えていたんだ。それに母は犯人・小原保と同じ年でもあるし、育ったのも農家で境遇も似ていなくも無いのかもしれない?
僕は不謹慎ながらこの事件に妙に愛着がある。幼いながら、この時代の空気に対して愛着が涌くのだと思う。幼年期の感性において、5歳の時と今とは大違いだし、1年間という時間にしてもそれの濃度も大違いだと思う。戦後、リセットされたかの様な日本社会は、良くも悪くも大きな駆動力の中にあった。三億円事件、全共闘、三島由起夫割腹、万博、月面着陸、大久保清などなど……がメディアを通じて僕たちの生活にも入り込んで来た。地方都市伊勢でさえ、めまぐるしく町中が変化していった。
特別何かを言いたい訳じゃないが、先のドラマを見ていて、犯人・小原保なんかは真人間じゃなく道を踏み外した人間なんだけれど「血が通った」人間だったと想像してしまう。今の時代の殺人者や犯人とは別者のように感じる。時代の上に乗っかって生きてるのが人間だから、そこまでといえばそこまでだけれど、肝心なところがやっぱり何かしら違う。
「吉展ちゃん事件」については Wikipedia にその詳細あり、合掌。

0