「アルセウ、契約解除」
非常に残念な知らせが飛び込んで来た。
レイソルではあんなに馴染んでいたアルセウが何故?
彼の身に一体何が起こったのか?
栗は全身が棘で覆われた、とても触りづらい厄介なもの。
出来ればそんな鎧を纏いたくないだろう。
それでもハードな棘を着てなければ、生きていけない。
栗には栗の事情が有るのだ。
大人になったら、プロスポーツ選手になる。
その夢を叶える為に、子供は朝8時から昼2時まで教室で過ごし、その後の時間を部活、スポーツセンター等へ行って、練習に励む。
その手の英才教育を受け、可能ならば世代別の代表でも経験を積み、プロへの階段を1歩1歩上る。
アルセウは、このタイプの子供では決してなかった。
大抵の日本人が想像出来ない経験を積み、
大抵のブラジル人がしなくてもいい努力を重ね、
アルセウはフッチボウの選手になった。
これは
或るブログで見かけた記事だ。
1984年5月7日、サンパウロのスラム街で13人兄弟の1人としてアルセウは産まれた。
物心付く頃に両親は行方不明になった。
それからの幼少期を、何年間も、彼は路上生活者として暮らしていた。
8歳の頃、孤児院に入れられ、他の兄弟姉妹と離れ離れになった。
それからの6年間、つまり義務教育年限を孤児院で暮らす事になった。
孤児院の中に有ったフッチボウのチームで頭角を現したアルセウは、サンパウロのクラブ、パウメイラスのスカウトに見出され、下部組織に入団した。
14歳になると養子として引き取ってくれる家族が現れた。
15歳にして彼は、ついにパウメイラスでプロデビューを果たした。
パウメイラスは1年間だけ2部リーグに降格した時期も有ったが、基本的に1部に定着しているブラジルの名門クラブ。
このクラブは、レイソルのJ1復帰に多大な貢献をした、今はヴェルディに所属しているディエゴの古巣でもある。
アルセウとディエゴは、チームメイトだった時期が有った。
相手を吹き飛ばす様な強烈なディフェンス、弾丸フリーキックはパウメイラス時代からのもの。
8年間をアルセウはパウメイラスの選手として過ごした。
この時にアルセウは結婚し、新たな家庭を作っていた。
この頃はブラジルサッカー界にとって、選手に給料が払えないクラブが続出する程、財政的に非常に厳しい時期だった。
追い詰められたクラブは、クラブ自身を存続させる最後の手段として、契約期間の残っている主力選手をヨーロッパ等の海外のクラブに売却する。
完全移籍が無理ならレンタルでも良し。
外貨が入ればクラブは生き延びられる。
抜けた分の選手はユースから昇格させれば良し。
パウメイラスも例外ではなかったのだろう。
2006年にはディエゴを、2007年にはアルセウをレイソルに貸し出した。
正当な評価を、つまり正当な給料を出して貰えなかった。
そう感じていたアルセウは、レイソルへの移籍を決意した。
アルセウにとって初めての移籍。
それも海外への移籍である。
レイソルに来た時、先輩外国人のフランサから「ブラジルと全然違う国で初めてプレーするのだ。精神面で強くなれ」と忠告を受けていた。
良い意味でプライドの低いドゥンビアという外国人もいた。
通訳は本来の通訳業務だけでなく、人間関係を調整するのにも労を惜しまなかった。
そしてアルセウの奥様は、何度も自家製のケーキをクラブに差し入れしたりして、雰囲気作りを忘れなかった。
アルセウはレイソルでは同僚やスタッフ等に恵まれていた。
柏レイソルはムードメーカーに事欠かないクラブでもある。
自分から回りに溶け込もうとあまり努力しなくても、順応出来るクラブなのだろう。
新戦力のお披露目会である新体制発表会では、「メチャガンバリマス!」という誰に吹き込まれたか分からない様な挨拶で、柏バカの心をグッと掴んだ。
移動中にはネクタイを額に巻いてポーズを決めたりもした。
練習が始まる時には、台車に乗りながら突然「大五郎〜」「チャーン」を連呼しながら練習場に登場したりもした。
実に見事に馴染んでいた。
俺の知ってるアルセウは、短気だがひょうきんな、本当に頼りがいの有る男なのだ。
間違ってもチーム戦術やチーム練習を無視する男ではなかった。
レイソルでは信頼が成り立っていた。
1番乳が恋しい時に両親に蒸発され、彼は幼少時をストリート・チルドレンとして過ごした。
そんな彼が人間不信にどっぷり漬かり、子供時代を生きててもおかしくなかった。
餌を獲る為の努力は惜しまない。
それが「アルセウ砲」を産み出したのだろう。
言ってみればアルセウは乞食から成り上がった様な男なのだ。
彼には、柏での暮らしがとても眩しく映っていただろう。
実の親からロクに味わわせて貰えなかった家族の連帯感を、アルセウはこのクラブに見出したのかもしれない。
レイソルのモットーは、関わる全てを家族として見る事なのだから。
「アルセウ砲」や壁パス、オーバーラップ等で攻撃の起点になる事も有ったし、本人もボスもそれを望んではいたのだが、アルセウの基本は守備の選手なのだろう。
ボールを奪い取る事は有っても、奪われる事は余り無い。
たまに不注意で奪われたら、全力でタックルして取り返す、責任感の強い選手だった。
それが時には審判に辛く判定される事も有った。
1つのボールを大勢で取り合っていたら、何かしら起こるもの。
シーズン終盤に差し掛かった或る日、練習中にアルセウは同僚の谷澤(現・ジェフ千葉所属)を殴ってしまった。
谷澤は、いろんな意味で予測不能な男である。
天然系の人のする事は、見方をかえると不真面目に映る事がある。
真面目なアルセウは、そこにキレてしまったのだろう。
下平(レイソル強化スタッフ)も、選手時代に同様の理由で谷澤に
キレてしまった過去がある。
それでも数試合後には、アルセウと谷澤は公式戦で一緒にプレーしていた。
この2人に蟠りは俺には感じられない。
J1復帰1年生としては、8位は上々の成績だった。
特に守備に関してはリーグ3位の失点数に代表される程、固いものだった。
だが得点数は残留争い真っ只中のチーム並み。
J1に定着するには、攻撃面にメスを入れない訳には行かない。
アルセウの基本は、やっぱり守備の選手。
攻撃に物足りなさを感じていたのだろう。
外人3人枠の絡みもあり、ボスは苦渋の決断をした。
今年1月、完全移籍の形でコンサドーレ札幌に加入。
去年の経験が有るし、アルセウは大丈夫。
俺はそう思っていた。
同僚の同郷の外国人であるダヴィ、ノナトは、2部リーグでの暮らしが長い選手。
そしてコンサドーレも2部の時期が長かった。
選手としては殆ど1部だけで過ごしていたアルセウが、そこに入った形となった。
自分が投げたボールが返って来るからこそ、キャッチボールは成り立つ。
投げたボールが自分の元に戻らなければ、ボールを奪い返さなければならない。
人間関係でそんな事を続けたくはないもの。
アルセウはいろんな意味で不器用な男。
溝が出来ても不思議ではない。
攻撃力不足が原因でレイソルを離れる事になった。
そんな男が攻撃力の向上をテーマに据えるのは無理も無い所。
だがコンサドーレの三浦監督は、守備に始まり守備に終わるとも受け取れる様なフッチボウをしようとしていた。
俺が感じる限り、三浦監督は「駄目な物は駄目」という様な、いわゆる頑固親父気質の持ち主。
攻撃力がテーマの男にとって自分の存在価値が否定されたと感じたのかもしれない。
そこに追い討ちを掛ける様に、マスコミから
「俺王2世」と揶揄される様になる。
明らかにアルセウの皮肉である。
一般のスポーツ新聞の記事ならともかく、これが地元メディアの書く事だろうか?
そのクラブを応援する者の書く記事だろうか?
こんなのをされたら、俺だって不信感を抱いてしまう。
そのイライラが爆発したのか、キャンプ中の練習試合で思うように試合運びが出来ず、乱闘騒ぎを起こし、一発退場。
その直後の首脳会談でアルセウはコンサドーレ退団を決意してしまう。
契約から僅か1週間の出来事だった。
自分の元に戻って来ないボールでキャッチボールを続けるのに疲れてしまったのだろう。
このクラブで勝っても幸せを感じない。
そこまで行ったら環境を変えるしかない。
コンサドーレは、俺が感じる限り、ムードメーカーに乏しいクラブ。
出る杭を許さない体質のクラブなのだろう。
そんな所にアルセウが馴染める筈が無かった。
雰囲気作りが如何に重要か、考えさせられる。
さて、今後のアルセウの身の振り方。
1度レッテルを貼られた選手を他のクラブが獲りに行くのは、日本ではまず有り得ない。
日本は噂や風評に厳しい社会なのだから。
Jの舞台でアルセウを目にするのは、残念ながらもう無いかもしれない。
そして8年間もいた古巣のパウメイラスに戻るという選択肢も有るには有る。
だがそれは、コンサドーレ時代以上に過酷な、茨の道になるだろう。
アルセウは喧嘩別れ同然の形でパウメイラスを出た。
しかもレイソル時代の様にレンタルという形ではない。
「完全移籍で」コンサドーレに加入したのだ。
どの面提げて古巣に戻ると言うのか?
ブラジルに帰ったアルセウは、おそらくリハビリ中のフランサの元を訪ねるだろう。
もしかしたらフランサの古巣のサンパウロFCの選手になるかもしれない。
フランサは、今でもトリコロール(サンパウロのサポーターの総称)のアイドルなのだ。
そして他の元レイソルの選手同様、アルセウにも何時の日かヨーロッパの舞台に挑戦する日がやって来るだろう。
全身をイガで包まれた栗。
そのイガを取り、皮を向き、渋を除けば、真に味の良い実が出て来る。
栗は棘が付いたまま食うモンじゃない。
ましてやいきなり火の中に放り込むモンじゃない。
栗はちゃんと剥いてから食うもの。
その手間を惜しんではいけない。
日立台でのラストゲーム、11月24日の対・ヴァンフォーレ甲府戦で、試合終了後にゴール裏のサポーターからアルセウ・コールが起こった。
アルセウは柏バカから深く深く愛された選手なのだ。
それは今でも変わらない。
生い立ちが生い立ちなだけに、特にアルセウにはこれからも成功してほしいと俺は強く願う。

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