2012/1/25

親友夫人の急逝を悼む  

60歳定年退職後から登山を始め、今では我が登山倶楽部「名山会」の中核メンバーとして、槍・穂高・剣等の北アルプスから、中央アルプス・南アルプスまでの各縦走体験を熱く語る親友中の親友の愛夫人が10日前に急逝された。

自宅で心不全での死去は、日頃、冷静な彼をしても、余りにも突然の不幸に受け止め切れずに、以降の葬儀前後の記憶が全く飛んでしまったそうである。

ようやく少しだけ落ち着かれて入った一報から、取るものも取りあえず、神前にお悔やみを申し上げるために駆けつけた。

悲しみに打ちひしがれながら、経過を淡々と語る彼に、親友二人が只ただお悔やみを述べるだけだったが、同行してくれた、名山会の新人会員のプロコーチが「奥様は牧田さんに頑張れ!とはおっしゃらずに、顔晴れ!=私の分まで明るく生きてね、とおっしゃってると思いますよ」と、彼の背中をそっと手と言葉で撫でてくれた。

50年近い結婚生活が彼にとっての愛夫人が正しく空気のような存在になり、「失ってみて初めて、その存在の大きさを思い知らされた」と語る彼の言葉に、
奥様のご冥福をお祈りしつつ家路に就いた。

人生の伴侶の大事さを思い、改めて、これから100歳まで一緒に幸せに生きていけるように努力しようと心に誓った一夜でもあった。
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2012/1/4

母と手をつないで歩ける幸せ  

宮崎で一人住まいしていた母を、年末に少々強引に大阪に連れてきたので、不安顔を気遣いつつ、先ずは我が家の和室に住んでもらい、一緒に食事をし、お風呂は妻と入り、毎朝、散歩をし始めた。

これまでは気恥ずかしくて母と手をつないで歩いたことはなかったが、我が家の一員のおばあちゃんになってもらったのだから、これを機に手をつないで歩くことにした。

父親の看病と死去後の一人住まいですっかり足腰が弱ってしまったようで、杖だけで歩くのが何とも頼りなさそうだが、手をつなぐと安定するのか安心するのか、しっかり握って前を見て歩いてくれる。

先ずは家の周りを歩き始めたら、これまで話をしたこともない通行人達が気軽に話しかけてくる。「息子さんとお散歩ですか。いいですね。」 母がすかさず、「宮崎に大きな家があり大阪に来るのが嫌だったが、嫁がいい人なので思いきってきました」と返事すると、「息子さんと一緒に住めるのは幸せですよ。やっぱりお嫁さん次第ですよね。私もお嫁さんがいい人なので同居しています」と嫁自慢に花が咲いた。

こんな生活のスタートに少々安心したのか、5日目にはホームに住むと自分から言い出したので、施設長さんにご相談して「善は急げです」との応えで、その日からホーム住人となった。

翌日から、朝食後、ホームに母を訪ねて散歩に出かける新たな生活パターンが始まった。

初日は我が家まで歩き(我々の足では5分、母と一緒なら20分)、2日目は成田山不動尊まで20分(我々なら3分)坂道を登り、お参りして石段を下り終えて、綺麗で珍しい花のあるお宅をのぞいていたら、ご夫婦が出て来られた。「チロリアン・ランプと云うんですよ。是非持って行ってください」と4・5本いただいた。「これから前をお通りの時は、是非、チャイムを押して、お茶でも飲んでいってください」

これまで何度もこの家の前を行き来してきたが、こんな会話を交わしたことは一度もない。また道を歩いていて声をかけられることもなかったが、その後も池の傍では「この池にはカルガモがいるんですよ。春になったらひなを連れた親子が泳ぐ姿が可愛いですよ」「歩くのが健康の秘訣ですから、毎日、この池の周りを歩いてください」

「母と手をつないで歩ける幸せ」、それだけでも幸せすぎるくらいだが、更に、その道々での新しい出会いは、これまでのビジネス人生とは違った会話に溢れることだろう。新たな出会いの場づくりができたようだ。
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2012/1/1

2012年度の目標「絆を太くする」  

あけましておめでとうございます。今年も時々の出会いをブログにまとめたいと思っていますので、アクセスしていただければ幸せです。

今年の目標は「絆を太くする」と決めた。今朝、温泉に浸かりながら浮かんできた言葉が昨年を表す一文字「絆」であり、今年はそれを更に強くするのみならず、太くする活動を展開したいと思ったからである。

  2012年度の目標「絆を太くする」
1.マネジメントの絆を太くする
  @人材育成に長けた変革リーダーを育成する
  A上司・部下間の育成型コミュニケーターを育成する
  B現役ミドルをニューミドルに変身・育成する
2.山に登り、人と交わる絆を太くする
  @アルプスに安全登山を3回敢行する
  AHRD研究会で「ニューミドル育成プラン」をまとめ上げる
  B新たなスポーツを始める
3.ファミリーの絆を太くする
  @母との共同生活を安定化させる
  A夫婦でチャレンジ旅行に出かける
  B息子達と「アンテナマン制度」でつながり、学びあう

  (注)「アンテナマン制度」とは、スマートフォンを貸し与えて、最新のトレンド(日本人の指向、企業ミドルの現状、ビジネスパーソンの悩み、若手の意識と行動など)を気づくたびに報告することを条件に、自己啓発費用の一部を援助する制度。徐々に対象を一般選考化していきたい。

家族・友人・知人達からのサポートを期待しつつ、更に意識を高めて、果敢に行動に移していきたいと思う。

株式会社岩崎人事コンサルティングのホームページを年初から一新し、「マイク岩崎の出会い日記」をその中に載せるべく工事中ですので、しばらくお待ちください。
新URLは、 http://www.iwasaki-jinji.com
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2011/12/18

年賀状づくりをして分かったこと  

例年以上に公私とも超ハードスケジュールに追われながら、年賀状のレイアウトと印刷を手助けしてくれる妻の催促で、年賀状の挨拶文をまとめてみた。

「大震災に明け、構造不況に暮れる」1年を俯瞰してみて、改めて気づいたことは「今年は人生の大転換点になった」ということである。

一つ目は「妻と仕事上で初めてコンビを組めたこと」である。長期研修スタート時の自己理解促進のために、EQプロファイリング結果を個々人にフィードバックすることにして、プロファイラーの彼女に助力をもらうことにした。これが極めて好評であり、回を追う毎に「ドンピシャの分析結果でした。懇切丁寧な説明で腹の底まで納得しました。これからどう自己改革するかを考えます」との声が続々届いている。これは彼女の永年の直接顧客対応キャリアの為せる技であり、これからは「Face to Face コミュニケーション・カウンセラー」と紹介することにしよう。

二つ目は「64歳を境にして体力が戻ってきたこと」である。夏の2回の北アルプス遠征登山が効いたのか、その後、視力は1.5に回復し、登山の持久力もスピードも50歳代を思い出すものになってきた。また、早寝早起きが加速して、3時か4時に起き出してのパソコンワークが友人やお客様から「異常な時間だ」と驚かれ、健康増進を日々実感している。

締めは、宮崎に一人住まいしてきた母の大阪への引越しである。永年、心の隅に重苦しく位置取ってきた最大の懸案事項が、年末押し詰まってから急展開して、4日後には実現する運びになってきている。

これら全ては、妻の絶大なるサポートと家族・友人達のこれまた絶大な支援の賜物である。「持つべきものは友、持つべきものは夢、やるべきものは挑戦」、定年退職時に「60歳以降の人生のグランドデザイン」をまとめて机の前に貼り出しているが、その中に掲げたモットーの正しく実践であり、それら全てに妻の存在の大きさを改めて思い知らされている。

「人生の大転換点を更に一歩踏み出して、新たな価値ある人生づくりに夫婦が力を合わせる新年にしたい」と、心も新たにしている昨今である。
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2011/11/27

小松左京を改めて読み直そう  

11月24日のクローズアップ現代で「SF作家小松左京の創造力」を取り上げていた。今年7月26日に亡くなられてすぐの特集に、「日本沈没」の作家がどんな創造力を持って執筆を続けてこられたのかと興味深く観た。

「日本沈没」は、1年で340万部を売り尽くすベストセラーになった小説であり、1973年に映画化されて、日本中にそのリアリティ溢れる衝撃をもたらして、当時、新婚間もない我が夫婦も仕事帰りに映画館に出かけたことを思い出した。

改めて、彼のプロフィールを見て驚愕した。

大阪市に生まれ、子供時代は「いちびり」な性格であり、京都大学文学部を卒業後、入社試験を受けた全ての新聞社から、学生運動をしていたとの理由で断られて、作家としての道を歩き始めた。

1965年にはべ平連創立の呼びかけ人となり、当時、発売されたばかりの高価な電卓を駆使して日本沈没を書きあげた。以降は「首都喪失」や「復活の日」「さよならジュピター」など当時の若者なら誰でもその題名を知っているSF小説を発表し続けたのである。

SF作家の御三家と呼ばれた「星新一、筒井康隆、小松左京」の一人、筒井康隆が、「自分は自分の頭の中の知識やシチュエーションを組み合わせて小説を考えるが、小松は“先ず、こういうテーマの小説を書く”と決めて、それに沿って、彼の頭をワッサワッサと揺すり動かすと膨大な関連する知識が落ちてきて、それをまとめ上げていく」と小松の創作法を評している。

文壇からは正当な評価を得られず、直木賞すらもらっていないが、小松ならではの文学的な問題意識が共有できたのはSF作家仲間ではなく開高健や高橋和巳であったことも、団塊の世代として納得できるものがある。

小松左京のペンネームは字画プラス「左がかった京大生」から付けたそうだ。

これから改めて彼の作品を読み直してみたいと思っている。
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