2017/9/21

男(オス)の育て方  

友人や仕事関係と一献交わしていたら、子育ての話になることが多い。それも成人になっている長男の話だ。「大学に進学できない」「いい就職先が決まらない」「結婚しない」「おいおい、もう大人なんだろう。親が心配することか」と思うが、聞けば相当深刻である。

大学進学問題では「いくつ受験しても合格しない。ついにはもう大学には行かずに就職すると言い出す始末だ」就職問題はもっと深刻だ。「親が満足できるような大会社には、どこも面接で落とされる。聞いたこともない会社に受かったら、親が反対する」

ついには「やっぱり公務員がいい」となって、せっかく都会の有名大学に行かせたにもかかわらず、地方都市の市役所や町役場にコネで押し込んでいる。

我が家の長男も色々あった。しかし、今では世界的なコンサルティングファームに落ち着いて、可愛い嫁さんと、これまた可愛い長男がいる。友人達からは「子育てがうまくいった家だ」と言われるが、正直、子育てに関わったことはほとんどない。

大企業の人事責任者には家庭を振り返る時間は無きに等しかった。参観日や運動会にもほとんど行けなかった。幼児時代には「夜来て、朝帰るおじさん」と思われていたんじゃないだろうか。

最近分かったことがある。妻はニンジンを嫌いらしい。子育て時代には我が家の料理にはニンジンがふんだんに使われていたが、あれは子育てのために、自分の好き嫌いを押し隠していたのだった。

虫やカエルは男の子なら大好きで、ポケットにも入れていたが、現在あれだけそれらが嫌いなのに、子供達がポケットに入れていたり、カブトムシを買ってきて育てていても、笑顔で見ていた姿を思い出す。

長男が育たないのはただ一つ。母親に子育てを任せっきりで、父親が男=オスを教えて来なかったせいだろう。近くにガキ大将がいなくなり、外を走り回る環境が激減したことも多いが、それらは副次的なものだと思う。
2
タグ: 子育て 長男

2017/9/11

古希70歳を迎えて、70代の生き方を決めた!  

今年は、年初から古希を迎えることを意識した1年にしようとスタートしたが、予想だにしなかったことが起きてしまい、波乱万丈の前半戦になってしまった。

近くの老人ホームに住まいする母が「まだまだ長生きしてくれる」と、「車いすをレンタルして、新しいところにも連れて行こう」と話し合っているうちに、急逝したので、慌ただしく葬儀・50日祭・納骨を終えて、お盆休み期間に、ようやく遺品の片づけまで終えた。

予定の行動では、古代史探訪会の日向神話を訪ねる2泊3日フィールドワーク、妻との長年の夢であった知床クルーズ4泊5日の旅、親友達との東北百名山遠征登山1週間の旅、これらを全てやり切った。

その間、継続中の我が社のメイン仕事に加えて、新しい大型仕事もスタートさせ、更に、新たな人事制度づくりの依頼も来ている。

老化の3惡と言われている目・歯・耳は、行きつけのメガネ屋で視力検査をしてもらったら、メガネの買い替えの必要性なし。歯医者は3か月に1回、歯科衛生士に診てもらっているので、これも問題なし。気になっていた耳は、古希直前も直前に、突発性難聴を発症したが、劇的な回復で、聴力は発症前以上に良くなった。

最後に自家用車を手放し、誕生日の今日、運転免許証も返納してきた。

徹底した断捨離と早め早めの準備、妻とがっちり組んだスクラムで、「80歳までの仕事人生」「100歳までの夢実現人生」を作っていこう。

さあ、今日から始まった「70代の10年間」にはどんな出会いや出来事が起きるのであろうか。胸ワクワクのスタートである。
2

2017/9/7

突発性難聴が「劇的回復・女医さんびっくり!」  

9月4日早朝に発症して、松下病院で治療を受け始めたが、3日目の昨日、聴力検査結果データで、片方の耳以上の聴力回復が確認された。

女医さんが目を丸くしながら、「昨日、劇的に回復してきたと言っておられましたが、データでもそのとおりでした」と驚きを隠せない様子で「点滴治療は途中では止められませんので、最後まで続けます」と宣言された。

実質の完治宣言とも聞こえたが、再発防止のためにも、当初予定の9日間を通院点滴加療と共に、アルコール禁止・スポーツ禁止の謹慎処分に服することで、腹をくくりなおした。

親友達には「やっぱり人柄かなあ」と経過報告したら、「マイクさんらしい回復だが、地獄耳クラスになるのは勘弁してくれ」とチャチャまで入って、発症初日の緊張感が吹き飛んでしまった。

日頃、身体を鍛えており、特に今年は、東北百名山遠征登山を目指して、例年以上にトレーニング会を行なったことが、悪化することなく急回復してきた理由であろう。

健康を維持すること、そのために日頃から身体を動かして体力を増強することの大事さは分かっているつもりだったが、今回の件で、改めて、その大事さを痛感させられた。

「さあ、早く謹慎処分を解かれて、コナミに出かけ、近郊の山歩きに行きたい」と、心がはやり出している。
3

2017/9/4

突発性難聴になりました  

昨晩、撮り貯めたビデオを観ながら夕食を楽しんでいたら、突然、左耳に耳鳴りが出てきて、TVの音が聞きにくくなった。「疲れかな」と早めに寝たら、真夜中に大きな耳鳴りで目覚めてしまった。

「こりゃあ、中耳炎か突発性難聴だろう」と諦めて、もう一度ぐっすり寝て、5時頃に起き出したが治っていない。

友人の医師に近くの医者を紹介してもらおうとメールしたら、すぐにTELがかかってきた。「やはり松下記念病院がいいですよ。すぐに病院の医療連携部門に連絡します」と診察手配までしてくれた。「持つべきものは友」である。

結果は突発性難聴で9日間の通院ステロイド点滴となってしまった。こうなれば覚悟するしかない。「出張などの仕事はすべてキャンセル、飲酒を伴う会合もキャンセル」と、通院以外は自宅謹慎/飲酒なしという入院にも似た極めて健康維持に良い環境が出来上がった。

「転んでもただでは起きない」のが関西のおっさんである。病院の点滴通院以外の時間の「ぽっかり空いた9日間の使い方」をまとめて、すぐに行動開始である。

こんな元気な患者なら、突発性難聴も逃げ出していくのではないか。逃げ出してほしいと願っている。
1

2017/8/26

東北漫遊の旅から帰って  

8月20日からの「東北百名山1週間の登山旅」を、最終目的山の鳥海山周辺が大雨の予報が出てしまい、やむなく断念して、鳥海への移動日を盛岡・花巻周辺の観光に変えて、一日早く帰阪した。

最初の早池峰は蛇紋岩という滑りやすい岩でできており、少々濡れた登山道はつるつるの状態だったので、何度も足を滑らせつつ、頂上直前の大滑りと名付けられた大岩盤を越えて山頂を極めた。下山時に大滑りに2段はしごがかけられているのが分かり、難なく下れたのは儲けものであった。

その日中に盛岡まで移動して、前沢牛をたらふく食べて、翌日からの登山に備えたが、2座目の八幡平は中腹の登山口に近づくにつれて、ガスと強風と大雨に遭遇して登山を中止して、翌日の岩手山登山口に近い八幡平温泉郷のホテルに着いた。

チェックインの準備が整う間に、岩手山の登山口を下見してから、昼間っから、買い込んだお酒とつまみをたっぷり食べて、男の井戸端会議に花を咲かせた。関西のおっさん達は飲んでも語っても話題が尽きない。特に、山を始めて2年余りの古希人の熱くてくどい語りは尽きることがなかった。

翌朝は4時半に出発し、免許取得2年のあつくど古希人の運転に身を預けて、登山口へ。早朝でガスがかかった道の運転は相当緊張したらしいが、奥方を乗せた笠置山道運転の練習成果は見事であった。

江戸時代に大噴火して溶岩を流し、近年も噴火した活火山でもある岩手山は、がらがらの溶岩崩れの道であり、「富士山登山と同じだ」と経験者二人からの声が飛び交った。溶岩流の外側に広がった広大な溶岩砂地にはコマクサの大群落があり、最盛期を終えていたが、まだあちこちに可憐な花を咲かせていた。

翌日、秋田地方が大雨との予報を見て、第4座への挑戦を即諦めて、急遽、遠野や宮沢賢治記念館の見学としゃれこんだが、岩手も大雨になってしまい、記念館で宮沢賢治の博学さと多彩さ・深遠さを知らされて、古希70歳から、改めて、勉学に励もうと決意して、仙台に向かった。

駅前のホテルを確保してから地酒屋に陣取り、「東北百名山の旅」を「東北漫遊の旅」に命名し直して、東北の魚と地酒に舌鼓を打ちながら、今回の旅を総括し合った。「いい旅でした!」
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ