ふるさとは遠きにありて思うもの。ふるさとを懐かしみ、幼い頃の色々な思い出を思い出します。ネガティブになるのではなく、たまに過去を振り返ると 明日が見えてくるから…。そして今 何を楽しいと感じているのか綴ります。

2008/1/20

グズベリー・・・  デカまる子ちゃん

本日2回目の書き込み。

グズベリーって、グスベリーとも言うかな?

小さい時、父親の転勤で釧路管内を引越しして歩いた。

父親は国鉄だったので、鉄道官舎に住んでた。

官舎には其々庭(花畑)が付いていて、家の裏側だったり、家の前だったり、両方あるところもあった。

そして必ず、どの家にも庭の中や、庭からはみ出したところに、グズベリーは生えていた。

全く放置している家ははみ出たところに。

周りの雑草もきちんと除いている家は、それを畑の中にひとつの栽培の対象として育てていた。

実家は父母ともに花畑を大切にし、花を植え、庭木も手入れしていて、グズベリーの周りも雑草の生えていない状態だった。

グズベリーは不思議な植物で、きちんと雑草をとって環境をよくしてあげている家のものより、雑草だらけで自分より丈の高い草に囲まれ紛れているようなところのものが、粒が大きく甘かった。

私は自分の家のよりも、そんな他家のグズベリーを採って食べた。

母に「よその家のものを採ってはダメ。」とよく言われたものだ。

グズベリーは『ベリー』とついているものの、イチゴとは無関係と思われ、直径1センチくらいのものから2センチくらいの大きなものもあった。

実家のものはほんのり赤く色づき始めると『食べごろ』となっていたが、本当に酸味の方が強く、『よその』の薄みどりのままの大粒の方が、甘かった。

当時グズベリーで何かを作るということはなく、ただ単にもいで食べるだけのシンプルなものだった。
それよりも美味しいものがあったと思うが、自分で摘んですぐ食べることにより、本当に美味しさを感じた。

トゲトゲのある低木に 薄みどりのまん丸な実がたくさんついた。花が咲いていたのか覚えていない。

丸い実の透き通った皮の下にバスケットボールのような縦の筋が何本もはいっていた。

今、札幌に住んでいるが、グズベリーはどこかにあるのだろうか。
見たことないなあ・・・。

海霧のかかった夏の庭にあったグズベリー。

たまに、食べてみたくなる。

釧路は私の原風景。

幼い日の心のなかのロケーションを思い浮かべると、黄色のカンゾウの花とグズベリーがモヤのかかった風景に浮かぶ。

グズベリーのことでペンを執ったのは(キーボードを叩いたのは?)初めて。

これを皮切りに、心太のように色んなことが思い出されるに違いない。。。ああ本当に懐かしい。

だから、テーマとして使うことにした。

文字通り「甘酸っぱい思い出」です。
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