サッカーに限らず、日常生活でも言語を媒体としたコミュニケーションは非常に大切なことであり、言葉という道具の使い方には結構神経質に指導しているつもりだ。
同じ言葉を使っても相手を不快にさせることってたくさんあるのだが、それに気付かず使っているケースは多い。
地域の違いに伴うものもあるが多くはその対象になった人の気持ちがわかっていれば解決できる。
ゲームの後に結構気楽に
「向こうの○番、頭に来るよね〜」
とか、場合によっては容姿を馬鹿にしたような表現をする選手も残念ながらいる。
仲のいい友達同士で、笑いながら冗談で
「死ね!」
といった表現をすることは我々世代では受け入れることはできないが、子供や若い人たちでは(この若い人たちっていう表現、いやだな〜、年寄りじみて。)当たり前の言葉として浸透しつつあるので言われた方も気にならないようだ。
ただ、これをあまり仲のよくない相手であったり、楽しい雰囲気じゃない時だったり、そんなときに使ったら使われた方は非常に不快であるはずだ。
ゲームの後に名前も知らない選手から色々言われてそれが耳に入り不快な思いをすることも多くある。
気楽に話して失言だったという事は総理大臣をはじめ国を代表する偉い人たちがよくやることなので子供にそれを求めるのも酷かもしれないが今から心がけていかないと大人になってそういう事を全く理解できない人間になってしまう気がする。
先日オオミヤカップでお手伝いしてもらった翼君。
言葉遣い、受け答え、非常にきちんとしていました。
移動の車中でも大人としての会話がきちんと成り立っていました。
年齢的に離れていると普通は共通の話題もないのですが、さほど気を使わずにコミュニケーションをとることができたのは
「サッカー」
という共通言語を持っているため。
相手のおかれている立場や気持ちを考えてコミュニケーションをとる、簡単そうで難しいこと。
気づいていないが為に失礼な態度をとることもある。
そんなことも踏まえて子供たちにはコミュニケーションのツールとしてもサッカーをきちんと指導していきたいと改めて思った。
自分自身が実はコミュニケーションをとるのがあまり得意ではない方なので特にそう思う。けど、トレーニングでなんとかなるという事も分かっている。
うちのスタッフは夜の街に出るとおねーさんたちと本と自然に素晴らしいコミュニケーションが取れる方が多い。ちょっと真似できない。
そのあたりの極意も(あくまでも自然なコミュニケーションの取り方という事で)今度伝授してもらおうか。
サッカーの枠にこだわらずに様々な方向からあプローチしてもらうと子供たちの人間の幅が広がると思うのだがいかがだろうか。ちょっと考えてみよう。

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