●教え方より、勉強ぐせ
子どもの学習指導法は、どこか健康指導法に似ている。「教える」のではなく、子ども自身に、「勉強ぐせ」を、身につけさせる。
健康法についても、重要なのは、健康法ではなく、それをいかに、習慣として、生活の中で定着させるか、である。一時的にあれこれしても、ほとんど意味がない。
もう少し具体的に考えてみよう。
ある女性(60歳)は、毎朝、犬の散歩にでかける。雨の日も、雪の日も。ぐるりと近所を回ってくるだけで、帰ってくるころには、ジワリと汗をかいているという。その女性は犬と散歩をすることにより、足腰を鍛えていることになる。
これが私が言う、「健康法」である。ときどき、思い立ったように、自転車に乗ってみたり、水泳教室に行ってみたりしても、ほとんど意味がない。あるいは健康器具を買って、その場だけ、体をきたえてみても、ほとんど意味がない。
私も、過去に、いろいろなことを試してみた。水泳クラブにも入ったことがある。テニスクラブにも入ったことがある。スポーツセンターの会員になったこともある。
しかし、どれも結局は、長つづきしなかった。が、その一方で、毎日の自転車通勤こそが、私の健康を維持していることに、やがて気がついた。
その自転車通勤だが、今年で、35年目になる。おかげで、成人病とは、無縁。今でも、足腰だけは強い。太ももの太さも、同年齢の男性より、2倍近くもある。ただ、それで全身の健康が維持されているかといえば、実は、そうではない。
使っていない筋肉については、弱い。たとえば掃除機で、10分も掃除したりすると、それだけで、疲れてしまう。ハーハーと息切れしてしまう。そういう自分を観察しながら、「自転車に乗っていなかったら、今ごろは……」と考えるだけで、ぞっとする。
子どもの勉強をみるときも、重要なのは、いかにして、勉強ぐせを、身につけさせるか、である。一時的に、何かを教えても、ほとんど意味がないばかりか、かえって子どもに依存心をつけさせてしまう。
【実際の例より】
勉強ぐせのない子ども(小学生)を、4、5人の受験生(中学生)の間にすわらせてみる。そして何も指導せず、「好きな勉強をしてごらん」と、突き放してみる。
たいていの子どもは、(混乱)→(観察)→(自学)というプロセスを経て、何となく、自分で勉強をし始める。その期間は、子どもによってさまざまである。しかしよほど勉強ぐせのない子どもでも、3〜6か月の間には、自分で勉強するようになる。
コツは、指導しない。「わからないところがあったら、もってきなさい」とだけ、いつも繰りかえし、言う。何とも無責任な指導法に見えるかもしれないが、これにまさる指導法を、私は、知らない。
よく誤解されるが、手取り、足取り教育は、その場ではたしかに効果的だが、長い目で見れば、かえって子どものためにならない。もっとも警戒しなければならないのは、依存心である。
「言われたことだけをすればいい」「教えられたとおりにすればいい」と。
こうした依存心が、一度、身につくと、子どもは、先生の指導がないと、何もできなくなってしまう。それこそ、参考書一冊、自分で選ぶことさえ、できなくなってしまう。
それについて、以前、こんな原稿を書いた。
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●子どもは環境で包む
ウソか本当かは知らないが、ヨモギでも、麻(あさ)の中でいっしょに育てると、曲がらず、まっすぐ伸びるという。中国の荀子(じゅんし)(中国戦国時代の儒者、紀元前三一五〜二三〇)も、つぎのように書いている。
『蓬(よもぎ)麻の中に生(お)いて扶(たす)けずして、自ずから直し』と。
こうしたたとえ話は、中国人や、そして日本人が、好んでよく使う。が、自然の中には、そうでないケースもあるので、たまたまヨモギがそうであるからといって、ほかの植物がそうであるとはかぎらない。こういうのを「コジツケ」という。
『青は藍より出でて、藍より青い』というのも、そうだ。そう言われると、何となく、「そうかなあ」と思ってしまう。しかしそれこそ、相手の思うツボ。相手は、そういう形で、あなたの批判力を煙に巻く。
しかし、だ。そうは言っても、この荀子の言っていることは、まちがってはいない。子どもはまさに環境の産物。そういう環境におけば、そうなるし、そうでない環境におけば、そうでなくなる。たとえば読書好きの親の子どもは、読書が好きになる。そうでない親の子どもは、そうでなくなる。勉強好きの親の子どもは、勉強が好きになる。そうでない親の子どもは、そうでなくなる。以前、こんなことがあった。
その子ども(小五男児)は、どこかつっぱり始めていた。言葉や態度が乱れ、生活もだらしなくなっていた。母親が何かを言おうとすると、即座に、「ウッセー!」と。そこで相談があったので、私は、その子どもをしばらく預かることにした。
高校二年生が、四、五人集まるクラスがあった。私はそのクラスに、その子どもを入れてみた。高校生たちは、みな、受験生で、緊張感が違った。最初のころは、その子どもはその雰囲気に圧倒されて、ガチガチだった。しかしそのうち、喜々として勉強するようになった。そして半年もすると、あのつっぱり症状が、ウソのように消えた。理由があった。
あとでその子どもの母親に、話を聞くと、こう教えてくれた。その高校生の中に、野球部の生徒がいた。その子どもは、その生徒を、理想の先輩をとらえた。自分も野球が好きだったこともある。「日曜日など、その高校生が出る試合に、いつも応援に行っていました」と。
つまりその子ども(ヨモギ、失礼!)は、高校生(麻?)の中で育つうちに、曲がり始めた心を、まっすぐ、自ら伸ばしてしまったというのだ。すべての子どもが、このようにうまくいくとはかぎらないが、しかしこういうケースは、少なくない。子どもは環境で包み、その環境の中で、伸ばす。
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【勉強ぐせを破壊する親たち】
幼児でも、小学生でも、中学生でも、この勉強ぐせを作るのは、容易なことではない。それこそ半年単位の、根気と努力が必要である。
たとえば毎日学校から帰ってきてから、30分(たった30分でよい)の勉強ぐせをつけさせるだけでも、ばあいによっては、1年とか2年もかかる。
勉強ぐせというのは、そういうもの。
しかし、その勉強ぐせをこわすのは、一週間で。じゅうぶん。数日でも、よい。が、親にはそれがわからない。
今は、受験指導からは、ほとんど足を洗ったので、あえて告白する。
私の教室でも、かつては多くの受験生を指導していた。たいはんの子どもたちは、私が幼稚園児のときから教えてきた子どもたちである。
そういう子どもたちが、いよいよ受験を迎えるようになると、私は、その勉強ぐせづくりに入る。具体的には、高校受験のばあいには、中学3年の5、6月ごろから、それを始める。
簡単な、しかも量の少ないワークブックを、毎日、1冊と決めて、子どもを指導する。1日1冊である。一見、乱暴な指導法に見えるかもしれないが、「自学」にまさる学習法は、ない。とくに警戒すべきは、依存心である。
子どもに依存心ができると、見た目には、教師と生徒の関係は、良好になる。しかし長い目で見れば、この依存心は、かえって子どもの伸びる芽をつんでしまう。高校へ入ったとたん、宙ぶらりんになってしまう、など。
で、最初、1、2週間は、子どももかなりてこずる。負担も大きい。しかしその苦しい1、2週間をすぎると、コツを覚え、リズムもできてくる。私はいつものように、「わからないところだけ、もってきなさい」とだけ、指導する。
が、夏休みに入ったとたん、その勉強ぐせが破壊される。どこかの進学塾の夏期講座に入ったりするからである。それはたとえて言うなら、それまで堅実な生活をしていた人が、突然、多額の借金をかかえこむのに似ている。あれこれアタフタとしている間に、そのリズム、つまり勉強ぐせをこわしてしまう。
私はこうした例を、無数に見てきた。そしてそのたびに、「どうして親は、こうまで毎年、同じ失敗を繰りかえすのか」と思った。
いろいろな考え方がある。指導方法もある。しかしここで言えることは、ただ一つ。子どもの勉強ぐせをつけさせることは、あなたが日常生活の中で、健康法を身につけることと同じくらい、むずかしく、たいへんだということ。
それがわかってほしかった。
【補記】
上級生の間にすわらせてみて、その上級生から、勉強ぐせをもらうという学習指導法は、きわめてすぐれた指導法の一つである。
イギリスのカレッジ制度の中でも、広く取り入れられている。
大学に附属するカレッジでは、原則として、上級生が下級生を教えるという方法を採用している。たいていは、各フロアには、講師以上級の教官が、いっしょに寝泊りする。勉強だけではなく、学生の生活指導、さらには健康管理までしてくれる。
私のばあい、風邪をひいたりすると、医学部の上級生がやってきて、注射をうってもらったこともある。
大学での一般講義が終わると、カレッジの学生は、講義室に入り、そこで上級生から抗議を受ける。時間的には、夕食前であったり、夕食後であったりする。
で、この指導法のコツは、最初、「あれをしなさい」「これをしなさい」と、指示しないこと。あくまでも、子どもの意思に任す。
子どもよっては、何をしてよいかわからず、モジモジしたり、ソワソワしたりするが、それも一巡すると、今度は、あきらめて自分で教科書を開いて、勉強し始める。しかしそれがその子どもの、勉強ぐせの第1歩と考える。その第1歩をうまくとらえ、ほめ、そしてそれを少しずつ、伸ばす。
(はやし浩司 勉強ぐせ 勉強グセ 勉強癖 子どもの学習指導)
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おまけ
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子どもが伸びるとき
●伸びる子どもの四条件
伸びる子どもには、次の四つの特徴がある。(1)好奇心が旺盛、(2)忍耐力がある、(3)生活力がある、(4)思考が柔軟(頭がやわらかい)。
(1)好奇心……好奇心が旺盛かどうかは、一人で遊ばせてみるとわかる。旺盛な子どもは、身のまわりから次々といろいろな遊びを発見したり、作り出したりする。趣味も広く、多芸多才。友だちの数も多く、相手を選ばない。数才年上の友だちもいれば、年下の友だちもいる。
何か新しい遊びを提案したりすると、「やる!」とか「やりたい!」とか言って、食いついてくる。反対に好奇心が弱い子どもは、一人で遊ばせても、「退屈〜ウ」とか、「もうおうちへ帰ろ〜ウ」とか言ったりする。
(2)忍耐力……よく誤解されるが、釣りやゲームなど、好きなことを一日中しているからといって、忍耐力のある子どもということにはならない。子どもにとって忍耐力というのは、「いやなことをする力」のことをいう。
たとえばあなたの子どもに、掃除や洗濯を手伝わせてみてほしい。そういう仕事でもいやがらずにするようであれば、あなたの子どもは忍耐力のある子どもということになる。あるいは欲望をコントロールする力といってもよい。目の前にほしいものがあっても、手を出さないなど。こんな子ども(小三女児)がいた。
たまたまバス停で会ったので、「缶ジュースを買ってあげようか?」と声をかけると、こう言った。「これから家で食事をするからいいです」と。こういう子どもを忍耐力のある子どもという。この忍耐力がないと、子どもは学習面でも、(しない)→(できない)→(いやがる)→(ますますできない)の悪循環の中で、伸び悩む。
(3)生活力……ある男の子(年長児)は、親が急用で家をあけなければならなくなったとき、妹の世話から食事の用意、戸じまり、消灯など、家事をすべて一人でしたという。親は「やらせればできるもんですね」と笑っていたが、そういう子どもを生活力のある子どもという。エマーソン(アメリカの詩人、「自然論」の著者、一八〇三〜八二)も、『教育に秘法があるとするなら、それは生活を尊重することである』と書いている。
(4)思考が柔軟……思考が柔軟な子どもは、臨機応変にものごとに対処できる。同じいたずらでも、このタイプの子どものいたずらは、どこかほのぼのとした温もりがある。食パンをくりぬいてトンネルごっこ。スリッパをつなげて電車ごっこなど。反対に頭のかたい子どもは、一度「カラ」にこもると、そこから抜け出ることができない。ある子ども(小三男児)は、いつも自分の座る席が決まっていて、その席でないと、どうしても座ろうとしなかった。
一般論として、「がんこ」は、子どもの成長にとって好ましいものではない。かたくなになる、意固地になる、融通がきかないなど。子どもからハツラツとした表情が消え、動作や感情表現が、どこか不自然になることが多い。教える側から見ると、どこか心に膜がかかったような状態になり、子どもの心がつかみにくくなる。
●子どもを伸ばすために
子どもを伸ばす最大の秘訣は、常に「あなたは、どんどん伸びている」という、プラスの暗示をかけること。そのためにも、子どもはいつもほめる。子どもを自慢する。ウソでもよいから、「あなたは去年(この前)より、ずっとすばらしい子になった」を繰り返す。
もしあなたが、「うちの子は悪くなっている」と感じているなら、なおさら、そうする。まずいのは「あなたはダメになる」式のマイナスの暗示をかけてしまうこと。とくに「あなたはやっぱりダメな子ね」式の、その子どもの人格の核に触れるような「格」攻撃は、タブー中のタブー。
その上で、(1)あなた自身が、自分の世界を広め、その世界に子どもを引き込むようにする(好奇心をますため)。また(2)「子どもは使えば使うほどいい子になる」と考え、家事の手伝いはさせる。「子どもに楽をさせることが親の愛」と誤解しているようなら、そういう誤解は捨てる(忍耐力や生活力をつけるため)。そして(3)子どもの頭をやわらかくするためには、生活の場では、「アレッ!」と思うような意外性を大切にする。
よく「転勤族の子どもは頭がいい」と言われるのは、それだけ刺激が多いことによる。マンネリ化した単調な生活は、子どもの知恵の発達のためには、好ましい環境とは言えない。
(はやし浩司 ビネー スタンフォード 知能検査 知能テスト IQ 生活年齢 精神年齢 子どもの知的能力 知的能力 知能)
(040325)