●家庭は兵舎
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世の男たちよ、あなたがもっている
「家庭観」を少しは疑ってみたらよい。
家庭は、なくてはこまるものだが、
しかしそこは決して安住の場では
ない。
とくに女性たちにとっては、
そうである。
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「家庭は、心休まる場所」と考えるのは、ひょっとしたら、男性だけ? 家庭に閉じ込められた女性たちの重圧感は、相当なものである。
心的外傷論についての第一人者である、J・ハーマン(Herman)は、こう書いている。
「男は軍隊、女は家庭という、拘禁された環境の中で、虐待、そして心的外傷を経験する」と。
つまり「家庭」というのは、女性にとっては、軍隊生活における、「兵舎」と同じというわけである。実際、家庭に閉じ込められた女性たちの、悲痛な叫び声には、深刻なものが多い。
「育児で、自分の可能性がつぶされた」「仕事をしたい」「夫が、家庭を私に押しつける」など。が、最大の問題は、そういう女性たちの苦痛を、夫である男性が理解していないということ。ある男性は、妻にこう言った。「何不自由なく、生活できるではないか。お前は、何が不満なのか」と。
話は少しそれるが、私は山荘をつくるとき、いつも友だちを招待することばかり考えていた。で、山荘が完成したころには、毎週のように、親戚や友人たちを呼んで、料理などをしてみせた。が、やがて、すぐ、それに疲れてしまった。私は、「家事は、重労働」という事実を、改めて、思い知らされた。
その一。客人でやってきた友人たちは、まさに客人。(当然だが……。)こうした友人たちは、何も手伝ってくれない。そこで私ひとりが、料理、配膳、接待、あと片づけ、風呂と寝具の用意、ふとん敷き、戸締まり、消灯などなど、すべてをしなければならない。その間に、お茶を出したり、あちこちを案内したり……。朝は朝で、一時間は早く起きて、朝食の用意をしなければならない。加えて友人を見送ったあとは、部屋の片づけ、洗いものがある。シーツの洗濯もある。
で、1、2年もすると、もうだれにも山荘の話はしなくなった。たいへんかたいへんでないかということになれば、たいへんに決まっている。その上、土日が接待でつぶれてしまうため、つぎの月曜日からの仕事が、できなくなることもあった。そんなわけで今は、「民宿の亭主だけには、ぜったい、なりたくない」と思っている。
さて、家庭に入った女性には、その上にもう一つ、たいへんな重労働が重なる。育児である。この育児が、いかに重労働であるかは、もうたびたび書いてきたので、ここでは省略する。が、本当に重労働。とくに子どもが乳幼児のときは、そうだ。
これも私の経験だが、私も若いころは、生徒たち(幼児、40〜100人)を連れて、季節ごとに、キャンプをしたり、クリスマス会を開いたりした。今から思うと、若いからできたのだろう。が、35歳を過ぎるころから、それができなくなってしまった。体力、気力が、もたない。
さて、「女性は、家庭で、心的外傷を経験する」(ハーマン)の意見について。「家庭」というのは、その温もりのある言葉とは裏腹に、まさに兵舎。兵舎そのもの。そしてその家庭から発する、閉塞感、窒息感が、女性たちの心をむしばむ。
たとえばフロイトは、軍隊という拘禁状態の中における、自己愛の喪失を例にあげている。自己愛は軽蔑すべきものだが、しかしその自己愛がまったくないというのも、問題である。つまり一般世間から、隔離された状態に長くいると、自己愛を喪失し、ついで自己保存本能を喪失するという。
家庭に閉じ込められた女性にも、同じようなことが起きる。たとえば、その結果として、子育て本能すら、喪失することもある。子どもを育てようとする意欲すらなくす。ひどくなると、子どもを虐待したり、子どもに暴力を振るったりするようになる。
その前の段階として、冷淡、無視、育児拒否などもある。東京都精神医学総合研究所の調査によっても、約40%の母親たちが、子どもを虐待、もしくは、それに近い行為をしているのがわかっている。
東京都精神医学総合研究所の妹尾栄一氏らの調査によると、約40%弱の母親が、虐待もしくは虐待に近い行為をしているという。妹尾氏らは虐待の診断基準を作成し、虐待の度合を数字で示している。妹尾氏は、「食事を与えない」「ふろに入れたり、下着をかえたりしない」などの17項目を作成し、それぞれについて、「まったくない……0点」「ときどきある……1点」「しばしばある……2点」の3段階で親の回答を求め、虐待度を調べた。
その結果、「虐待あり」が、有効回答(494人)のうちの九%、「虐待傾向」が、30%、「虐待なし」が、61%であったという。
今まさに、家庭に入った女性たちの心にメスが入れられたばかりで、この分野の研究は、これから先、急速に進むと思われる。ただここで言えることは、「家庭に入った女性たちよ、もっと声をあげろ!」ということ。ほとんどの女性たちは、「母である」「妻である」という重圧感の中で、「おかしいのは私だけ」「私は妻として、失格である」「母親らしくない」というような悩み方をする。そして自分で自分を責める。
しかし家庭という兵舎の中で、行き場もなく苦しんでいるのは、決して、あなただけではない。むしろ、もがき苦しむあなたのほうが、当たり前なのだ。もともと家庭というのは、J・ハーマンも言っているように、女性にとっては、そういうものなのだ。大切なことは、そういう状態であることを認め、その上で、解決策を考えること。
一言、つけ加えるなら、世の男性たちよ、夫たちよ、家事や育児が、重労働であることを、理解してやろうではないか。男の私がこんなことを言うのもおかしいが、しかし私のところに集まってくる情報を集めると、結局は、そういう結論になる。今、あなたの妻は、家事や育児という重圧感の中で、あなたが想像する以上に、苦しんでいる。
● 悪しき「家庭論」
「男は仕事、女は家庭」という、悪しき偏見が、まだこの日本には、根強く残っている。だから大半の女性は、結婚と同時に、それまでの仕事をやめ、家庭に入る。子どもができれば、なおさらである。しかし「自分の可能性を、途中でへし折られる」というのは、たいへんな苦痛である。
Aさん(34歳)は、ある企画会社で、責任ある仕事をしていた。結婚し、子どもが生まれてからも、何とか、自分の仕事を守りつづけた。しかしそんなとき、夫の転勤問題が起きた。Aさんは、泣く泣く、本当に泣く泣く、企画会社での仕事をやめ、夫とともに、転勤先へ引っ越した。今は夫の転勤先で、主婦業に専念しているが、Aさんは、こう言う。「欲求不満ばかりがたまって、どうしようもない」と。こういうAさんのようなケースは、本当に、多い。
私もときどき、こんなことを考える。もしだれかが、「林、文筆の仕事やめ、家庭に入って育児をしろ」と言ったら、私は、それに従うだろうか、と。育児と文筆の仕事は、まだ両立できるが、Aさんのように、仕事そのものをやめろと言われたらどうだろうか。Aさんは、今、こう言っている。「子どもがある程度大きくなったら、私は必ず、仕事に復帰します」と。がんばれ、Aさん!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 家庭は兵舎 窒息する母親たち 悪しき家庭論)