●親風、夫風、兄風
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BWでは、兄弟(姉妹)が入会して
いるばあいには、できるだけ、同じ
クラスで教えるようにしている。
効果は絶大!
たがいにたがいを刺激しあうだけではなく、
1年単位でみると、たいへん仲がよくなる。
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「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と、上下意識を無意識のうちにも感じながら呼びあうより、兄弟、姉妹は、名前そのもので呼びあうほうがよい。そのほうが、上下意識がなくなり、いわゆる「友」として、生涯にわたって、仲がよくなる。
たとえば、「お兄ちゃん」ではなく、「シンちゃん」。「お姉ちゃん」ではなく、「ミサちゃん」と呼びあうなど。
このことについては、すでに何度も書いてきたので、ここでは省略する。
ところで最近気がついたのだが、親意識の強い人は、ついでに夫意識が強く、さらに叔父意識、叔母意識も強い。さらに、兄意識も強く、従兄弟(いとこ)に対しても、ほんの数才しか年がちがわないのに、年長意識も強い。
だから親風を吹かす。夫風を吹かす。叔父、叔母風を吹かす。兄風を吹かす。年長風を吹かす。はたから見れば、(つまりそういう意識のない人から見れば)、バカげているのだが、本人は、そうでない。(上意識)だけで、いっぱしの人物のつもりでいる。
こういうのを総称して、「権威主義」というが、いまだにその権威主義にこだわっている人は、少なくない。言うまでもなく、権威主義にこだわればこだわるほど、まわりの人たちの心は離れる。それに気がつかないのは、本人だけということになる。
だから子どもでも、兄弟、姉妹は、名前、もしくは愛称で呼ばせるようにしたほうがよい。そのほうが上下意識がなくなり、その分だけ、「友」として、相手を迎え入れるようになる。
が、それだけではない。
親から見れば、兄弟、姉妹は、自分の子どもであり、同じように、兄弟、姉妹も、それなりに仲がよいはずと考えがちである。しかしこれは誤解。
実際には、兄弟、姉妹でも、他人以上に憎しみあい、疎遠になっているケースは、ゴマンとある。むしろそういうケースのほうが多い。が、それを公(おおやけ)に口に出して言うことができない。だから、自分で自分のクビをしめてしまう。「兄だから」「弟だから」と。そういうケースも、少なくない。
たとえば私の兄についても、そうである。私より9歳も年上ということもある。子どものころ、いっしょに遊んだという記憶さえない。そういう兄が、数年前、認知症なった。
一応、私は弟だから、兄のめんどうをみなければならない。それはわかる。しかし「兄だから、お前は愛情を感じているはず」と、一方的に押しつけられると、言いようのない反感を覚える。兄といっても、弟の私から見れば、他人に近い。同年齢の従兄弟たちのほうが、ずっと親近感がある。
つまりこうした家族のクサリ(=自我群)に苦しんでいる兄弟、姉妹も、多いということ。
では、どうするか。
そのひとつの方法というわけではないが、私の教室(BW)では、ある学年(小学3、4年)になると、兄弟、姉妹は、できるだけ同じクラスで教えるようにしている。その学年になると、それぞれの子どもの進度にあわせて、個別レッスンをするので、技術的には可能である。
こうすることによって、兄弟、姉妹は、たがいにたがいを刺激しあう。が、それだけではない。思い出を共有することによって、将来にわたって、仲がよくなる。
が、こういう指導に対して、疑問をもつ父母も少なくない。
「兄(姉)が、劣等感を覚えないか」と。たとえば年が離れていない兄弟のばあい、弟のほうが兄より、勉強がよくできるというケースもないわけではない。
しかしそれは、指導力でカバーできる問題と考えてよい。さらにその前提として、生まれながらにして、上下意識がなければ、気にすることはない。そのためにも、兄弟、姉妹には、上下意識をもたせないほうがよい。その前に、親自身も、上下意識をもたないほうがよい。
親風、ナンセンス。夫風、ナンセンス。兄風、ナンセンス。
最後に一言。
私たちは自分の子どもを、たとえば、「お兄ちゃん」と呼ぶことによって、無意識のうちにも、子どもに上下意識を植えつけていることを忘れてはいけない。中には、さらに積極的に、「あなたはお兄ちゃんでしょでしょ!」「お兄ちゃんらしくしなさい!」と、兄意識を強制する親だっている。
まことにもって愚かな指導法ということになるが、このつづきは、またの機会に!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 兄弟 姉妹 上下意識 権威主義 兄の育て方 姉の育て方)
(付記)
日本人は、もともと家父長意識の強い民族である。またそういう土着的な意識を、文化風習として背負っている。江戸時代という、とんでもない封建主義時代が、300年以上もつづいたこともある。
だからいまだに、この権威主義が、大手を振ってのさばっている。またそれを「国家の品格」と位置づけている人さえいる。
しかし権威主義が、いかにバカげているかは、ほんの少しでもオーストラリア人でもよいが、そういう人たちとつきあってみると、わかる。夫婦でも、おもしろいほど、上下意識がない。食後でも、夫と妻が台所に並んで、洗いものをしている。
もちろん兄弟、姉妹でも、愛称で呼びあっている。仲がよいというよりも、友として、相手を認めあっている。(だから反対に、友でなければ、兄弟、姉妹でも、他人のように疎遠になるというケースも、ないわけではない。)
つまり(家族)という概念に、日本人ほど、強くはしばられていない。たがいにサバサバとしている。横で観察していると、そんな印象をもつ。
要するに、「兄弟(姉妹)だから仲がよいはず」「たがいに愛情を感じているはず」と、子どもに、それを押しつけてはいけない。これはこれからの子育ての第1歩ということになる。