●日本人の職業観
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日本人の職業観と、
欧米人の職業観は、
当然、ちがう。
それについて……
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高校生が使う英語の教科書に、「POLESTARU」(数研出版)がある。その中に、「仕事を選ぶ」(Choosing a career、プログラム8)というのがある。高校生のために書いた、いわば仕事を選ぶためのガイドブックといったものだが、その中に、こんなことが書いてあった。
「……仕事を選ぶとき、たとえば生物学のような仕事を選べば、(いつも家から離れて仕事をするので)、家族生活が犠牲になることを考えなければならない。もしとくにしたいことがなければ、そのときできる仕事しごとをすればよい。しかしあなたに才能(タレント)があるなら、あなたはどこでもその才能を生かした仕事ができるだろう」と。
一読すると、何でもないことが書いてあるように思うかもしれないが、これらすべてが、日本人にはない発想だけに、おもしろい。それを説明する前に、日本人がもつ職業観について書いておく。
この教科書を説明しているとき、私は何人かの高校生に、こう聞いてみた。「君たちの先生は、『仕事』と言うとき、コンビニや工場でするようなことを、仕事と考えていると思うか」と。すると、全員、「ううん」と答えた。はっきりとは言わなかったが、「そういうのは、仕事ではない」と。実は、ここに日本人独特の、ゆがんだ職業観がある。そこでさらに私は聞いてみた。「君たちにとって、仕事とは何か」と。すると、それぞれが、「弁護士とか医者とか、まあそんなところかな」「みんなができないことをするのが仕事。だれでもできるようなのは、仕事ではない」「設計士とか、建築家は仕事。科学者も仕事かな」と。
こうした職業観は、親たちももっている。目が「上」ばかり、向いている。そしてこうした職業観が、結局は、学歴信仰の基礎になり、それがまわりまわって、日本の教育をゆがめている。そこで改めて、先ほどの教科書の内容を読んでみる。そこには、こうある。
(1)「家族生活が犠牲になる」……ひところ昔よりは目立たなくなったが、単身赴任という制度は、今でもしっかりと日本の社会の中で生きている。何かにつけて、仕事が優先される。私たち日本人は、仕事を考えるとき、「家族の犠牲」という言葉はあまり使わない。最近、単身赴任は、かえって仕事の効率を悪くするという意見があちこちから聞こえるようになったが、それとて、「仕事の効率」という視点からの意見である。
(2)「とくにしたいことがなければ……」……この日本では、それが大半の人にとってはそうであるにもかかわらず、こうしたものの考え方を認めない。少し前には、「フリーター撲滅論」を唱える、高校の校長すらいた。仮に進路指導の先生が、「とくにやりたいという仕事がなければ、店員でも工員でも、何でもいいではないか」などと言ったら、それだけでも問題になるのでは? この日本には、「よい仕事」と、「そうでない仕事」がある。江戸時代の身分制度のなごりと言ってもよい。職業には格づけがあり、その職業によって、人間の価値が決まる。しかもほとんどの日本人は、無意識のまま、それをする。
(3)「才能(タレント)があれば……」……これを説明するためには、大学制度の違いについて書かねばならない。今、アメリカでは、大学へ入学したあとでも、学部の変更はもちろん、ほかの大学への転籍さえも、自由になっている。公立、私立の区別はない。ヨーロッパでは、大学は完全に、共通化されている。しかしこの日本では、何かの席で自己紹介するときは、必ずといってよいほど、「○○大学を卒業後……」という言葉が出てくる。アメリカでは、最終的にどこの大学で学位を認定されたかということは、重要だが、そういうわけで、いわゆる学歴(ブランド)は、ほとんど意味をもたない。博士号などにいたっては、その大学で一度も勉強したことがなくても、論文審査だけで認められる。(だから博士号を乱発する安っぽい大学も、一方にあるにはある。)「才能(タレント)があれば……」という発想は、そういう大学制度を背景にして生まれる。つまり欧米の大学生にとって大切なのは、学歴(ブランド)ではなく、中身ということになる。
私の予想では、あと五〇年ほどで、日本人の考え方も、これに近くなると思う。すでに今、日本人の意識そのものが大きく変わり始めている。それはそれとして、しかしまだ距離は遠い。たとえば学校の先生が、あなたの子どもにこう言ったとする。そのとき、あなたはその先生の言うことに納得するだろうか。
「仕事というのは、何でもいいのだよ。自分のできることをすれば。コンビニの店員でも、工場の部品工でも、すばらしい仕事だよ。仕事に上下はない。大切なのは、一生懸命することだよ。忘れていけないのは、仕事をする目的は、それで得たお金で、豊かな家庭生活を送ることだよ。そのために仕事をするのだからね」と。
日本人がこうした考え方を、当然のこととして、そして自然な形で、そうだと思えるようになるのに、「あと五〇年ほど」かかる。……と私は思う。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 職業観 子供の職業観 子どもの職業観)