【子どもの受験】
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子どもを愛することは難しい。
子どもを信ずることは、さらに難しい。
大切なことは、子どもを信じ、
子どもの心に耳を傾け、
子どもの心を知り、
友として子どもの横に立ち、
子どもといっしょに歩くこと。
それができる親を、賢い親という。
それができない親を、愚かな親という。
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●不本意な結婚
親は言う。「Xさん(男性30歳)は、すてきな人だから、結婚しろ」と。X氏の家系は、その地域でも名が知られた財産家。祖父の代から、祖父、父親は、特定郵便局だが、その郵便局の局長を勤めていた。
しかしA子さん(女性22歳)は、結婚をためらっていた。ほかに好きな人がいたわけではない。ないが、X氏が、自分のタイプではないことだけは、よくわかっていた。2、3度会って、食事をしたこともあるが、どうもしっくりこない。会えば会うほど、自分の心が乾いていくのを感じた。
が、相手の親も、自分の親も、「結婚させたい」「結婚しろ」と。とくに母親は、毎日のようにグチを言った。「早く、孫の顔を見たい」「安心したい」「どうしてためらっているの」「こんないい縁談はないのに」と。
A子さんには、ほかにしたいことがあった。一度は都会に出て、自由な空気を吸ってみたかった。漠然(ばくぜん)とした思いではあったが、日を追うごとに、それがますます強くなった。自分の心を覆うようになった。
で、そういう状態が、半年近くもつづき、結局は、A子さんは、X氏と結婚してしまった。「自分さえがまんすれば、みな、幸福になれる」と。
しかし現実は、きびしいものだった。味気ない結婚生活。殺伐(さつばつ)とした夫婦関係。家事をしていても、手が重い。ときに体が動かなくなることもあった。それを知って、夫となったX氏は、毎日のように、A子さんを責めた。「お前は怠け者だ」と。A子さんは、自分の心がますます夫のX氏から離れていくのを感じた……。
●子どもの世界でも……
……これは夫婦の話だが、子どもの世界でも、これと似たようなことがよく起きる。ここでいうX氏を、受験校に置きかえてみると、それがよくわかる。
親は「勉強しろ」と、一方的に言う。「SS中学校に入れ」という。親は、自分の知らないところで、進学塾の説明会に行き、勝手に申し込み書を出してしまった。「みんなが行くから、あなたも行きなさい」と。
子どもは言われるまま、進学塾に通い、受験のための勉強をする。分厚いテキストを与えられる。毎日、毎晩、その宿題に追われる。その進学塾では、毎月、月末に学力テストが実施される。上位10番までの子どもは、塾からの通信に名前が載る。
成績がよくても、安心してはおられない。少しでも成績がさがると、塾で並ぶ席が入れかわってしまう。さらにさがれば、AクラスからBクラスにさげらる。それをその塾では、「マイナー落ち」と呼んでいる。メジャー(全国チーム)から、マイナー(地方チーム)へ落ちることに似ているから、そう言う。
こうして、たいはんの子どもたちは、勉強に追われるまま、悶々とした日々を過ごす。心が晴れることはない。憂鬱(ゆううつ)な毎日。重苦しい毎日。たまの日曜日でも、家で休んでいると、親は、すぐこう言う。「宿題はやっやたの!」「テスト勉強はしたの!」と。少しでも親に反発しようものなら、すかさず、こう言いかえされる。「高い月謝を払っているのは、私なんだからね」と。
結局、SS中学校を断念し、AA中学校を受験。やっとの思いで入学したAA中学校だったが、達成感がまるでない。満足感がまるでない。ある日母親が言った一言が、心を大きく押しつぶす。母親はこう言った。
「小さいころから、高い月謝を払って塾へ通わせたけど、ムダだったわね」と。が、それですんだわけではない。
味気ない学生生活。殺伐(さつばつ)とした友人関係。勉強をしていても、手が重い。ときに体が動かなくなることもあった。それを知って、母親は、毎日のように、子どもを責めた。「あんたは怠け者だ」と。子どもは、自分の心がますます勉強から離れていくのを感じた……。
●大切なことは……
多くの……というより、ほとんどの親たちは、自分の子どもを、よりよい学校(?)に入れることしか考えていない。それが自分の子どもにとって最善であると、信じて疑わない。が、つまるところ、親は、自分が感じている不安や心配を子どもにぶつけているだけ。
が、こんな方法がうまくいくはずがない。仮にうまくいったとしても、つぎに今度は、高校受験。さらにそこでうまくいったとしても、その先では大学受験。
できる子どもはできる子どものレベルで、できない子どもはできない子どものレベルで、勉強に追われる。息つくひまもない。休む間もない。で、こうして最後まで生き残る(?)子どもは、数割もいない。たいはんの子どもたちは、その過程で、もがき苦しみ、心に大きなキズをもって、ドロップ・アウトしていく。
悲しいかな、世の親たちは、自分の子どもが成功することだけしか考えていない。失敗したときの心のケアまで考えている親は、まず、いない。失敗といっても、ふつうの失敗ではない。燃えつき症候群、荷卸し症候群、ピーターパン・シンドローム、ニート、引きこもり、家庭内暴力、うつ病……。まさに何でもござれといった状態になる。
怠学から非行に走るケースなどといったものは、まだよいほうだ。
が、親にはそれがわからない。「うちの子にかぎって……」「まだ何とかなる……」と無理をする。かりにその兆候が出てきても、「そんなはずはない」「まさか……」と見逃してしまう。
つまりこうして親たちは、やがて行き着くところまで行く。またそこまで行かないと、気がつかない。いや、そういう状態になっても、まだ何とかしようと、あせる。子どもを責める。脅(おど)す。自分のしてきたことは、すべて棚にあげて……。そしてこう言う。
「私は子どものために、一生懸命しています」と。
……とまあ、否定的なことばかり書いたが、しかし今、こうして子育てで失敗していく人が、あまりにも多い。本当に、多い。が、私のような者が、いくら叫んでもムダ。それはたとえて言うなら、流れる川の中で、一本の旗を立てるようなもの。流れを止めることはもちろん、流れを変えることさえできない。
明治の昔から、あるいはそれ以前から、日本人の体の中には、体質として、出世主義、それにまつわる学歴制度が、しみついている。職業による身分制度的な意識も、まだ残っている。それが親から子へと、代々と、引き継がれている。今、感じている、あなたの不安や心配にしても、それはあたながあなたの親から引き継いだものである。
そういう意味でも、世代連鎖というのは、恐ろしい。無意識のうちに、親から子へと、そしてまわりの環境の中で、あなたに伝えられていく。が、ここで止まるわけではない。勉強を嫌い、勉強から逃げているあなたの子どもでさえ、今度は自分が親になると、自分の子ども(あなたから見れば孫)に対して、同じようなことをするようになる。
それがわからなければ、あなた自身の過去をみることだ。それともあなたは、子どものころ優等生で、勉強が好きだったとでもいうのだろうか。そういう人もいなくはない。が、もしあなたが、「私は受験勉強が楽しかった」「みなを順位で負かすのが、気持ちよかった」と思っているなら、同時に、あなたは、あなた自身の人間性を疑ってみたらよい。
きっと、あなたの心は、冷たく、点数だけで人を判断するような人かもしれない。あるいはどこか、心の欠けた人かもしれない。あなた自身は、それに気がついていないかもしれないが……。
ともかくも、中学時代に経験していた高校受験が、今では、小学時代に中学受験で経験するようになった。3年、それが早まったということになる。
中学生ともなると、親の言うことを聞かなくなる。だから小学生のうちに……ということではないと思いたいが、しかしそれだけに、この時期、一度、つまずくと、あとがない。それだけ大きく、子どもの心をキズつける。へたをすれば、生涯にわたって、その子どもをうしろ向きに引っ張りつづけるかもしれない。ハキのない、ナヨナヨとした人生観の子どもにしてしまうかもしれない。
子どもの教育で重要なことは、(1)子どもの心の灯(ひ)をともし、(2)楽しませ、(3)能力を引き出すことである。
子どもを脅し、成績をつけ、順位でおいまくるような教育は、教育ではない。家畜の訓練でも、そんなバカなことはしない。仮に「進学塾へ……」ということを考えることがあったとしても、親は、1歩さがって、慎重に判断したらよい。子どもよっては、よい刺激になることもないわけではない。またこの日本では、進学競争を無視して生きるというのも、たいへんなことである。
大切なことは、子どもを信じ、子どもの心に耳を傾け、子どもの心を知り、友として子どもの横に立ち、子どもといっしょに歩くこと。それができる親を、賢い親という。それができない親を、愚かな親という。進学塾へ行く、行かないは、あくまでもその結果として考えることである。
やがていつか、今の子育ても終わるときがやってくる。そのとき自分の過去、自分の子育てを振りかえってみて、その中で光り輝くのは、自分の子どもを信じきった、愛しきった、守りきったという、親としての実感である。
見栄、メンツ、世間体に引きずられて、「勉強しろ」「勉強しなさい」と子どもを叱りつづけた思い出ほど、自分の過去を汚すものはない。それであなたの子どもが、一流大学に進学したとしても、だ。その汚点は消えることなく、死ぬまでつづく。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 子供の受験 受験 灯をともし、引き出す 親の宿命)