【受験ノイローゼ】
●受験ノイローゼ
子どもが受験期を迎えると、受験ノイローゼになる親は多い。子どもではない。親がなる。ある母親はこう言った。「進学塾の光々とした明かりを見ただけで、カーッと血がのぼりました」と。「家でゴロゴロしている息子(中2)を見ただけで、気分が悪くなり、その場に伏せたこともあります」と言った母親もいた。
親が受験ノイローゼになる背景には、親自身の学歴信仰、それに親自身の受験体験がある。「信仰」という言葉からもわかるように、それは確信を超えた確信と言ってもよい。学歴信仰をしている親に向かって、その信仰を否定するようなことを言うと、かえってこちらが排斥されてしまう。
「他人の子どものことだから、何とでも言えるでしょ!」と。話の途中で怒ってしまった母親もいた。私が、「これ以上ムリをすると、子ども自身が、燃え尽きてしまう」と言ったときだ。
また受験体験というのは、親は自分の子どもを育てながら、そのつど自分の体験を繰りかえす。とくに心の動きというのは、そういうもので、子どもが受験期を迎えるようになると、親自身がそのときの心を再現する。将来に対する不安や、心配。選別されるという恐怖。そしてそれを子どもにぶつける。
もっと言えば、親自身の心が、極度の緊張状態におかれる。この緊張状態の中に、不安が入り込むと、その不安を解消しようと、一挙に情緒が不安定になる。
「受験ノイローゼ」と一口に言うが、それは想像を絶する「葛藤」をいう。そういう状態になると、親は、それまで築きあげた家族の絆(きずな)すら、粉々に破壊してしまう。家族の心を犠牲にしながらも、犠牲にしているという感覚すらない。小学5年の女児をもつある母親はこう言った。
「目的の中学入試に合格すれば、それですべてが解決します。娘も私を許し、私に感謝するはずです」と。その子どもは毎晩、母親の前で、泣きながら勉強していた。
その受験ノイローゼにはきわだった特徴がいくつかある。そのひとつ、ふつうの育児ノイローゼと違うところは、親自身が、一方でしっかりと自分をもっているということ。たとえば人前では、「私は、子どもが行ける中学へ入ってくれれば、それでいいです」とか、「私はどこの学校でもいいのですが、息子がどうしてもS高校へ入りたいと言っているので、何とか、希望をかなえさせてやりたい」とか、言ったりする。
外の世界では、むしろ温厚でものわかりのよい親を演じたりすることが多い。
もちろん育児ノイローゼに似た症状も出てくる。育児ノイローゼの症状を、まず考えてみる。
●育児ノイローゼ
育児ノイローゼの特徴としては、次のようなものがある。
(1) 生気感情(ハツラツとした感情)の沈滞……どこかぼんやりとしてくる。うつろな目つき、元気のない応答など。
(2) 思考障害(頭が働かない、思考がまとまらない、迷う、堂々巡りばかりする、記憶力の低下)……同じことを考えたり、繰り返したりする。
(3) 精神障害(感情の鈍化、楽しみや喜びなどの欠如、悲観的になる、趣味や興味の喪失、日常活動への興味の喪失)……ものごとに興味がみてなくなる。
(4) 睡眠障害(早朝覚醒に不眠)……朝早く目が覚めたり、眠っても眠りが浅い。
(5) 風呂に熱湯を入れても、それに気づかなかったり(注意力欠陥障害)……不注意による事故が多くなる。
(6) ムダ買いや目的のない外出を繰り返す(行為障害)……万引きをしてつかまったりする。衝動的に高額なものを買ったりする。同じものを、あるいは同じようなものを、同時にいくつか買う。
(7) ささいなことで極度の不安状態になる(不安障害)……ささいなことが頭から離れず、それが苦になってしかたない。
(8) 同じようにささいなことで激怒したり、子どもを虐待するなど感情のコントロールができなくなる(感情障害)……怒っている最中は、自分のしていることが絶対正しいと思うことが多い。ヒステリックに泣き叫んだりする。
(9) 他人との接触を嫌う(回避性障害)……人と会うだけで極端に疲れる。家の中に閉じこもる。
(10) 過食や拒食(摂食障害)を起こしたりするようになる。……過食症や拒食症になる。体重が極端に変化する。
(11) また必要以上に自分を責めたり、罪悪感をもつこともある(妄想性)……ささいなことで、相手に謝罪の電話を入れたりする。自分のしていることが客観的に判断できなくなる。
こうした兆候が見られたら、黄信号ととらえる。育児ノイローゼが、悲惨な事件につながることも珍しくない。子どもが間にからんでいるため、子どもが犠牲になることも多い。
●受験ノイローゼ
受験ノイローゼも、ノイローゼという意味では、育児ノイローゼの一種とみることができる。しかし育児ノイローゼに見られない症状もある。先に述べたように、「自分をしっかりもっている」のほか、ターゲットが、子どもの受験そのもの、あるいはそれだけにしぼられるということ。
明けても暮れても、子どもの受験だけといった状態になる。
むしろ子どもの受験以外の、ほかのことについては、鈍感になったり、無関心になったりする。育児ノイローゼが、生活全体におよぶのに対して、そういう意味では、限られた範囲で、症状がしぼられる。が、その分だけ、子どもの「勉強」「成績」「受験」に対して、過剰なまでに反応するようになる。
毎日、書店のワークブックや参考書売り場へ行っては、そこで1〜2時間過ごしていた母親がいた。あるいは子どもの受験のためにと、毎日、その日の勉強を手作りで用意していた母親もいた。しかしその中でもナンバーワンは、Tさんという母親だった。
Tさんは、私のワイフの友人だった。あらかじめ念のために書いておくが、私はこういうエッセーを書くとき、私が直接知っている母親のことは書かない。書いても、いくつかの話をまとめたり、あるいは背景(環境、場所、家族構成)を変えて書く。それはものを書く人間の常識のようなもの。そのTさんは、私が教えた子どもの母親ではない。
そのTさんは、子どもが小学校に入ると、コピー機を買った。それほど裕福な家庭ではなかったが、30万円もする教材を一式そろえたこともある。さらに塾の送り迎え用にと、車の免許証をとり、中古だが車まで買った。そして学校の先生が、テストなどで採点をまちがえたりすると、学校へ出向き、採点のしなおしまでさせていた。
ワイフが「そこまでしなくても……」と言うと、Tさんはこう言ったという。「私は、子どものために、不正は許せません」と。
こういう母親の話を聞くと、「教育とは何か」と、そこまで考えてしまう。そのTさんは、いくつか、Tさん語録を残してくれた。いわく、「幼児期からしっかり子どもを教育すれば、東大だって入れる」「ダ作(Tさんは、そう言った)を二人つくるより、子どもは一人」と。
Tさんの子どもが、たまたまできがよかったことが、Tさんの受験熱をさらに倍化させた。いや、もっともTさんのように、子どものできがよければ、受験ノイローゼも、ノイローゼになる前に、ある程度のレベルで収めることができる。が、その子どものできが、親の望みを下回ったとき、ノイローゼがノイローゼになる。
●特徴
受験ノイローゼは、もちろんまだ定型化されているわけではない。しかしつぎのような症状のうち、5個以上が当てはまれば、ここでいう受験ノイローゼと考えてよい。
あなたのためというより、あなたと子どもの絆(きずな)を破壊しないため、あるいはあなたの子どもの心を守るため、できるだけ早く、あなた自身の学歴信仰、および自分自身の受験体験にメスを入れてみてほしい。
○ 子どもの受験の話になると、言いようのない不安感、焦燥感(あせり)を覚え、イライラしたり、情緒が不安定になる。ちょっとしたことで、ピリピリする。
○ 子どもがのんびりしているのを見たりすると、自分の子どもだけが取り残されていくようで、心配になる。つい、子どもに向かって、「勉強しなさい」と言ってしまう。
○ 子どもがテストで悪い点数をとってきたり、成績がさがったりすると、子どもがそのままダメになっていくような気がする。何とかしなければという気持ちが強くなる。
○ 同年齢の子どもをもつ親と話していると、いつも相手の様子をさぐったり、相手はどんなことをしているか、気になってしかたない。話すことはどうしても受験のことが多い。
○ 子どもが学校や塾へ言っているときだけ、どこかほっとする。子どもが家にいると、あれこれ口を出して、指示することが多い。子どもが遊んでいると、落ち着かない。
○ 子どものテストの点数や、順位などは、正確に把握している。ささいなミスを子どもがしたりすると、「もったいないことをした!」と残念に思うことが多い。
○ テスト期間中になると、精神状態そのものがおかしくなり、子どもをはげしく叱ったり、子どもと衝突することが多くなる。たがいの関係が険悪になることもある。
○ 明けても暮れても、子どもの学力が気になってしかたない。頭の中では、「どうすれば、家庭での学習量をふやすことができるか」と、そればかりを考える。
○ 「うちの子はやればできるはず」と、思うことが多く、そのため「もっとやれば、もっとできるはず」と思うことが多い。勉強ができる、できないは、学習量の問題と思う。
○ 子どもの勉強のためなら、惜しみなくお金を使うことが多くなった。またよりお金を使えば使うほど、その効果がでると思う。今だけだとがまんすることが多い。(以上、試作)