●60歳+3日
60歳になった。
60歳になっても、
私は生きている。
バンザーイ!
体も動く。
目も見える。
耳も聞こえる。
話もできる。
考えることもできる。
バンザーイ!
仕事もある。
やるべきこともある。
したいこともある。
したいことができる。
私には、夢がある。
バンザーイ!
妻がいる。
家族がいる。
家庭がある。
みな、健康だ。
私も健康だ。
バンザーイ!
体が動く喜び。
仕事ができる喜び。
書きたいことが書ける喜び。
新しい発見ができる喜び。
感謝、感謝、また感謝。
バンザーイ!
満60歳になった。
満60歳になっても、
私は、今、こうして、
今までどおり、生きている。
ものを書いている。
バンザーイ!
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●生きる
今日も、自転車に乗って仕事場に向かうとき、1人の男を見た。70歳くらいの男だった。自転車を苦しそうに、押して歩いていた。歩き方が小刻みで、おぼつかなかった。脳梗塞を起こした人らしかった。
「大丈夫ですか?」と声をかけたが、返事はなかった。私のほうを見ることもなかった。
私もやがてすぐ、ああなる。可能性の問題ではない。確実性の問題である。そうでなければ、別の病気で、同じように、そうなる。運がよければ、20年後かもしれない。しかし運が悪ければ、明日かもしれない。
が、ともかくも、今は、健康だ。これといった病気もない。大切なことは、今日一日を、思う存分、生きること。生きて生きて、生きまくること。明日は、今日の結果として、やってくる。来年は、今年の結果として、やってくる。
私の未来がどうであれ、私はその日まで生きる。生きて、生きて、生き抜いてやる。
●運命論
脳梗塞といっても、今は、処置さえ早ければ、そのあとの症状も軽くすむそうだ。画期的な新薬も開発された。脳梗塞を起こしてから3時間以内に、その薬を投与すれば、脳の血管に詰まった血栓を溶かすことができる。
が、すべての医療機関で、その処置ができるわけではない。副作用も強いことから、処置の前には、慎重な検査が求められる。が、ある男性(60歳くらい)は、運が悪く、その処置が受けられなかった。そのためその処置を受けたのは、ギリギリの3時間後。遅かった。そのため脳梗塞の症状が、残ってしまった。左半身が、不随になってしまった。
レポーターのインタビューに答えてあれこれ話していたが、最後のところで、こう言った。「こんな思いは、私だけで、たくさんです」と。ハラハラと涙をこぼした(NHK・07年10月)。
「こんな思い」というのは、処置を早く受けられなかったことへの無念さを表現したものだった。
こういう報道番組を見ると、胸が詰まる。が、その一方で、その男性の話を聞きながら、こうも思った。(運命)というものが、避けられないものであるとするなら、そのつど、運命を受け入れて生きていくことも大切なことではないか、と。
何度も繰りかえすが、私たちには無数の(糸)がからんでいる。社会の糸、家族の糸、健康の糸などなど。その(糸)の中で、私たちの運命は決まっていく。つまりその男性が、半身不随になったのは、適切な処置を、早く受けられなかったことではなく、それ以前から、そうなる(糸)が無数にからんでいたためではなかったからではないか、と。
たいへん辛辣(しんらつ)な言い方であることは、自分でもよくわかっている。あるいは脳梗塞という病気は、それほどまでに重いのかもしれない。その男性は、タクシーの運転手をしていたという。その病気で職も、失った。
しかし見方を変えれば、現に今、その男性は生きている。完ぺきな処置ではなかったかもしれないが、20年、30年前なら、命まで落としていたかもしれない。「生きている」という原点に身を置けば、ハラハラと涙をこぼすことはなかった?
運命というのは不思議なもので、それに逆らえば、キバを向いて、私たちに襲いかかってくる。しかしそれを受け入れてしまえば、何でもない。運命のほうから、シッポを巻いて、逃げていく。「これはいやだ」「あれはいやだ」ともがいているときというのは、一日とて、心の安まる日はない。
しかし受け入れてしまえば、その日から、その人は前向きに生きていくことができる。……と書いても、その男性もそうであるべきなどという、失礼なことを言っているのではない。先にも書いたように、脳梗塞というのは、それ以上に重篤(じゅうとく)な病気である。運命として受け入れるのは、あまりにも過酷すぎる。
それに私とて、今は健康だから、こうして偉そうなことを書ける。しかし私もそうなったら……。本当のところ、自信はない。その男性以上に、無念の涙をハラハラとこぼすかもしれない。しかし、これだけは言える。
たとえば私のワイフが、脳梗塞になっても、私は最後の最後まで、ワイフの世話をする。便の始末だって、する。私はけっして、ワイフをひとりぼっちにはしない。その自信はある。覚悟もできている。私はそのときはそのときで、運命を前向きに受け入れていく。その自信は、ある。
まあ、ここはあまり深刻に考えないで、今日もがんばって生きていこう!