●ハレンチ事件
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たとえば若い男が、美しい
女性のヌードを見たとする。
そのとき、その男は、ムラムラと、
性欲が身体の中でわき起きてくる
のを知る。
一種の条件反射だが、そのとき
脳内では、ドーパミンが放出
されるという。
もう少し詳しくいうと、
脳の中でも、報酬と行動欲求に
関する部分と言われる(線条体)
で、ドーパミンが急増するという。
この変化は、(生存に関する)もの
だけに、「この刺激は強力で、
意志の力だけでこの衝動を克服
するのは、非常に難しい」(アメリカの
国立薬物乱用研究所、N・D・
ボルコフ)とのこと。
私はこの論文(日経・サイエンス、07
年12月号)を読んだとき、内心
ほっとした。「そうだったのか」と、
である。
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●ドーパミンという脳間伝達物質
ほぼ毎日のように、教職者や教育関係者によるハレンチ事件が報道される。学校の校長
や教頭のみならず、大学の教授級の人までも、この種の事件を引き起こしている。教師の
セクハラ事件となると、今どき、珍しくも何ともない。
なぜか?
その謎を解くカギが、ドーパミンにあった。ドーパミンというのは、脳間伝達物質のひ
とつで、少なすぎても困る。しかし多すぎても困るという物質である。少なすぎると、た
とえば立ち上がろうとしても足がすくんでしまったり、どう行動したらよいかわからなく
なったりする。パーキンソン病というのも、そのひとつ。
反対に多すぎると、今度は、「幻覚やパラノイア(精神分裂病の陽性症状)が起こったり、
発話や運動をコントロールできなくなって、変な恥ずかしいことを思わずやったり口走っ
たりし、不必要とわかっていながら同じ行動を反復する強迫神経症になったりする」(東京
都老人総合研究所・HPより)とのこと。
このドーパミンが、脳の中でも、(人間の生存)に関する部分に深く関与しているという。
実際には、そこにはたいへん複雑なメカニズムが働くわけだが、簡単に言えば、そういう
ことになる。
で、その作用は、麻薬によるものと、たいへんよく似ているという。東京都老人総合研
究所の青崎俊彦氏も、つぎのように書いている。
「麻薬そのものがドーパミンと深く関わっていると言いましたが、実際麻薬とドーパミ
ンは切っても切れない仲にあり、パーキンソン病研究を飛躍的に発展させたのも、ある
意味で麻薬中毒患者たちの功績と言ってもいいくらいです」(同HP)と。
どこか回りくどい言い方になってしまったが、人間の脳みそが勝手に反応する部分だけ
に、「この刺激は強力で、意志の力だけでこの衝動を克服するのは、非常に難しい」(アメ
リカの国立薬物乱用研究所、N・D・ボルコフ)ということになる。
が、だからといって、教職者や教育関係者によるハレンチ事件を擁護するつもりは、な
い。まったくない。「非常に難しい」が、「不可能」ということではない。ただ私に関して
言うなら、こういうことが言える。
私にしても(ふつうの男)。だから、(ふつう程度の性欲)はある。しかしそういうもの
を(悪)と決めてかかってもらっては困る。(教育)に関係しているから、そういう(こと)
と無縁であるべきだとか、無縁だとか、そういうふうにも考えてほしくない。
私がたまたま足を踏み外さないでいるのは、(たまたま)、そうであるからにほかならな
い。相手もいないし、チャンスもない。風貌にも、恵まれなかった。
そこで重要なのは、教師や教育関係者によるハレンチ事件というのは、その人個人の問
題というよりは、(制度)の問題ということ。こうした事件が起きるたびに、文科省や教育
委員会あたりの人たちは、上意下達式に、綱紀粛正を伝達する。しかし文科省や教育委員
会の人たちがみな、いわゆる(聖人)かというと、そういうことは、ない。ぜったいに、
ありえない。
男であれば、夜な夜な、エロビデオを見ながら、ペニスをテイッシュ・ペーパーで包ん
で、マスターベーションをしている。当然、頭の中は、ヒワイなことでいっぱい。若い女
性の裸体を思い浮かべることもあるだろう。言い方をかえるなら、『誰が、石もて、打てる
か』ということになる。
そこで(制度)ということになる。(法の整備)と考えてもよい。すでに欧米では、この
種のハレンチ事件に対しては、厳罰主義が常識化している。アメリカでは、理由や内容の
いかんを問わず、教師が生徒と性交渉をもったら、問答無用式に、即、懲役刑が科せられ
る。
が、この日本では、信じられないくらい、甘い。ハレンチ事件はともかくも、軽いセク
ハラ事件ともなると、ほとんどの事件は、学校レベルでもみ消されてしまう。教育委員会
レベルでもみ消されてしまう。事件となって報道されるのは、氷山のほんの一角。仮に起
訴、有罪となっても、たいていは執行猶予がついて、そのまま無罪(?)放免。
さらに(制度)についても、教師は、教室内での教育だけに専念し、またそれ以外の場
所での生徒との接触をいっさい、禁止する。あるいはそういう方向に、もっていく。現在
の日本のように、学校の教師が、生徒の教育はもちろん、生活指導、はては、しつけや家
庭問題にまで首をつっこむほうが、異常なのである。つまり、スキだらけ!
こういうスキを一方で放置しておきながら、教育者や教育関係者だけを一方的に責めて
も、意味はない。しかたない。
……ということで、私はこの論文(日経・サイエンス、07年12月号)を読んだとき、
内心ほっとした。「そうだったのか」と。
まあ、あえて言うなら、教育者も教育関係者も、自然体で生きればよい。居直ればよい。
「私も、男だ」「ふつうの男だ」と。無理に自分をねじまげるから、コソコソと隠れた場所
で、ハレンチ事件を繰りかえすことになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
教育者のハレンチ事件)