●子育ての本当のおもしろさ
母親の養育態度は、子どもの性格や心理のみならず、生きザマにも、大きな影響を与える。
たとえば子どもを甘やかせば、子どもは「わがまま、反抗的、幼児的、神経質」(詫摩武俊氏)になるという。
それはそのとおり。が、問題は、そのつぎ。つまりこうして(つくられた私)が、そののち、なおるということは、まず、ない。たとえば甘やかされて育った子どもが、ここでいうわがままで、反抗的な子どもになったとする。しかしそうした性格が、子ども時代だけで終わるわけではない。
そのまま、おとなになってからも、ずっとつづく。さらに、とくに何か大きな心境の変化でもないかぎり、死ぬまでつづく。『三つ子の魂、百まで』とは、本当に、よく言ったものである。
そこで今、あなた自身は、どうか。それを少しだけ、さぐってみてほしい。
あなたの中には、(私であって、私である部分)と、(私であって、私でない部分)が、同居しているはず。あるいは「私は私」と思っている部分にしても、大半は、実は(つくられた私)かもしれない。
この(私であって、私でない部分)に気づくことは、とても重要なことである。
たとえば子どもを虐待する親がいる。いろいろな調査結果を見ても、約50%の母親が、子どもに体罰を加えていることがわかっている。そのうち、約70%、(全体としてみれば35%)近い母親は、虐待に近い体罰を加えていることがわかっている。
で、そうした虐待にしても、(私であって、私である部分)が、そうしているというよりは、(私であって、私でない部分)が、そうしていると考えたほうがよい。(だからといって、正当化しているのではない。誤解のないように!)
ほかに母親の育児態度が、残酷であったりすると、子どもは、「強情、冷酷、神経質、逃避的、独立的」(詫摩)になるという。
そこでもし今のあなたが、強情で、冷酷で、神経質で、逃避的で、独立的なら、そういう性格は、あなた自身が、みずからつくりあげたものというよりは、母親の育児態度の中でつくられたものであるということになる。
それが(私であって、私でない部分)ということになる。
こうして考えてみると、私を知ることは、本当にむずかしい。どの人も、「私のことは、私が一番よく知っている」と思っている。しかし実のところ、「私」を知っている人は、ほとんどいない。
そこで私を知るための一つのヒントとして、あなたは、一度、あなたは子ども時代、どういう生活環境の中で、どのような子育てを受けたかを、少しだけ思い出してみたらよい。
もしあなたが、どこか幼稚ぽく、依存的で、神経質。さらにものの考え方が受動的で、おく病なら(詫摩)、それはあなた自身でそうなったというよりは、親、とくに母親の養育態度の結果としてそうなったと考えたらよい。
そうして自分の中から、(私であって、私である部分)と、(私であって、私でない部分)をよりわけていく。
つまり、これが結論ということになるが、子どもを育てるということは、結局は、自分を発見することにもなる。言いかえると、そこに幼児教育というか、子育ての本当のおもしろさがある。
(041106)