●性善説と性悪説
胎児は母親の胎内で、過去数十万年の進化の過程を、そのまま繰り返す。ある時期は、魚そっくりのときもあるそうだ。
同じように、生まれてから、知能の発達とは別に、人間は、「心の進化」を、そのまま繰り返す。……というのは、私の説だが、乳幼児を観察していると、そういうことを思わせる場面に、よく出会う。たとえば生後まもなくの新生児には、喜怒哀楽の情はない。しかし成長するにつれて、さまざまな感情をもつようになる。
よく知られた現象に、「天使の微笑み」というのがある。眠っている赤子が、何を思うのか、ニコニコと笑うことがある。こうした「心」の発達を段階的に繰り返しながら、子どもは成長する。
最近の研究では、こうした心の情動をコントロールしているのが、大脳の辺縁系の中の、扁桃体(へんとうたい)であるということがわかってきた。確かに知的活動(大脳連合野の新新皮質部)と、情動活動は、違う。たとえば一人の幼児を、皆の前でほめたとする。するとその幼児は、こぼれんばかりの笑顔を、顔中に浮かべる。その表情を観察してみると、それは知的な判断がそうさせているというよりは、もっと根源的な、つまり本能的な部分によってそうしていることがわかる。が、それだけではない。
幼児、なかんずく四〜六歳児を観察してみると、人間は、生まれながらにして善人であることがわかる。中に、いろいろ問題のある子どもはいるが、しかしそういう子どもでも、生まれながらにそうであったというよりは、その後の、育て方に問題があってそうなったと考えるのが正しい。子どもというのは、あるべき環境の中で、あるがままに育てれば、絶対に悪い子どもにはならない。(こう断言するのは、勇気がいることだが、あえてそう断言する。)
こうした幼児の特質を、先の「心の進化」論にあてはめてみると、さらにその特質がよくわかる。
仮に人間が、生まれながらにして悪人なら……と仮定してみよう。たとえば仲間を殺しても、それを快感に覚えるとか。人に意地悪をしたり、人をいじめても、それを快感に覚えるとか。新生児についていうなら、生まれながらにして、親に向かって、「ババア、早くミルクをよこしやがれ。よこさないとぶっ殺すぞ」と言ったとする。もしそうなら、人間はとっくの昔に、絶滅していたはずである。つまり今、私たちがここに存在するということは、とりもなおさず、私たちが善人であるという証拠ということになる。私はこのことを、アリの動きを観察していて発見した。
ある夏の暑い日のことだった。私は軒先にできた蜂の巣を落とした。私もワイフも、この一、二年で一度ハチに刺されている。今度ハチに刺されたら、アレルギー反応が起きて、場合によっては、命取りになるかもしれない。それで落とした。殺虫剤をかけて、その巣の中の幼虫を地面に放り出した。そのときのこと。時間にすれば一〇分もたたないうちに、無数の小さなアリが集まってきて、その幼虫を自分たちの巣に運び始めた。
最初はアリたちはまわりを取り囲んでいただけだが、やがてどこでどういう号令がかかっているのか、アリたちは、一方向に動き出した。するとあの自分の体の数百倍以上はあるハチの幼虫が、動き出したのである!
私はその光景を見ながら、最初は、アリたちにはそういう行動本能があり、それに従っているだけだと思った。しかしそのうち、自分という人間にあてはめてみたとき、どうもそれだけではないように感じた。
たとえば私たちは夫婦でセックスをする。そのとき本能のままだったら、それは単なる排泄行為に過ぎない。しかし私たちはセックスをしながら、相手を楽しませようと考える。そして相手が楽しんだことを確認しながら、自分も満足する。
同じように、私はアリたちにも、同じような作用が働いているのではないかと思った。つまりアリたちは、ただ単に行動本能に従っているだけではなく、「皆と力を合わせて行動する喜び」を感じているのではないか、と。またその喜びがあるからこそ、そういった重労働をすることができる、と。
この段階で、もし、アリたちがたがいに敵対し、憎みあっていたら、アリはとっくの昔に絶滅していたはずである。言いかえると、アリはアリで、たがいに助けあう楽しみや喜びを感じているに違いない。またそういう感情(?)があるから、そうした単純な、しかも過酷な肉体労働をすることができるのだ、と。
もう結論は出たようなものだ。人間の性質について、もともと善なのか(性善説)、それとも悪なのか(性悪説)という議論がよくなされる。しかし人間は、もともと「善なる存在」なのである。私たちが今、ここに存在するということが、何よりも、その動かぬ証拠である。繰り返すが、もし私たち人間が生まれながらにして悪なら、私たちはとっくの昔に、恐らくアメーバのような生物にもなれない前に、絶滅していたはずである。
私たち人間は、そういう意味でも、もっと自分を信じてよい。自分の中の自分を信じてよい。自分と戦う必要はない。自分の中の自分に静かに耳を傾けて、その声を聞き、それに従って行動すればよい。もともと人間は、つまりあらゆる人々は、善人なのである。
(02−8−3)
参考文献……『脳と記憶の謎』山元大輔(講談社現代新書)
『脳のしくみ』新井康允(日本実業出版社)ほか
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 扁桃体 扁桃核 善悪 性善説 性悪説 心のメカニズム)