●日本人の笑い
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我ら、極東アジアの島国
原住民。その原住民には、
世界の人たちに、どうにも
こうにも理解されない風習
がある。
それがあの「笑い」。
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先日、横道から飛び出した車と、あやうく衝突しようになった。見ると、30歳くらいの女性だった。「あぶない!」と思ってその女性を見ると、女性は視線をそらしたまま、ニヤニヤ笑っていた。いわゆる苦笑い(?)である。
この笑いほど、世界で理解されない笑いはない。ほかにプラットホームで、電車に乗り遅れた人が笑う、打者にデッドボールを当てたピッチャーが笑う、テストの点で悪い点をとった子どもが笑う、など。外国では、日本人の苦笑いは、相手をバカにした笑いととらえられる。それが原因で、けんかになることもある。
なぜ、こういうとき日本人は笑うかということを考える前に、こんな笑いもある。
日本語を覚えたての外国人は、当然のことながら、よくまちがえる。この前もテレビを見ていたら、「辛抱する」というべきところを、「チン棒する」と言っていた外国人がいた。お笑い番組だったので、わざとまちがえて視聴者を笑わせていたのだろう。が、こういうとき日本人は実によく笑う。ゲラゲラと笑う。しかし、外国人は笑わない。こういうとき笑うと、相手をバカにしたことになる。私にもこんな経験がある。
留学時代、みなの前で歌を歌うことになった。私は「七つの水仙」(ブラザーズフォーの名曲)を歌った。がその中で、「crust(パンの耳)」と歌うべきところを、「xxxxx(股の隠語)」と歌ってしまった。私は友人のギター演奏で気持ちよく歌っていたのだが、その箇所になると、オーストラリアの友人たちはみな、一斉に口を押さえた。あとでその理由を聞いて笑ったのは、むしろ私のほうあった。彼らにしてもれば、他人の失敗を笑うことは、タブー中のタブーなのだ。
日本人は自分の失敗をごまかすために笑う。同時に相手がまちがえると、自分の優位性を示すために笑う。これもルーツをたどれば、長くつづいた封建時代にある? 抑圧された環境の中で、民族としての心までゆがんでしまった。今の若い人には信じられないような話だが、私が子どものころには、たとえば身体に障害のある人をも、蔑視語を使って、平気で笑っていた。ごく最近まで、外国の人を見ると、「ガイジン、ガイジン」と笑っていた。
何でもないようなことだが、「笑い」も国によって、違う。そして日本人の笑いは、決して世界の標準ではない。少なくとも、外国では、「他人の不幸や失敗を笑ってはいけない」と、親は子どもに教える。しかしこんなことは、人間として常識ではないか。
日本人の笑いについて、考えてみた。