【人種差別と国際性(アジア人は第二級人種)】
●人種差別
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「民族」とは何か。
「我が民族はすぐれている」と思うのは
その人の勝手。そう思いたければ、
そう思えばよい。
しかしその返す刀で、「相手は劣って
いる」とは思ってはいけない。
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大学のカフェで食事をしていると、私を取り囲むようにして、4、5人のオーストラリア人がすわった。そして手にしたスプーンの腹で、コツコツとテーブルをたたき始めた。「立ち去れ」という合図である。気まずい時間が流れた。私はすでに食事を始めていた
が、そのとき、身長が1メートル90センチはあろうかという大男が、私の横に座った。長い髪の毛で、顔中、ヒゲでおおっていた。その男が、スプーンをならしている学生たちに向かって、低い声でこう言った。「ワット・アー・ユー(お前たちは何だ)」と。その一言で、学生たちはスプーンをたたくのをやめた。やめて、その場を離れた。その大男というのが、デニス君だった。本名は、デニス・キシアという。今でも私の無二の親友だ。
●皿に口をつけてズルズルとスープを飲んだ
同じころK大学医学部の講師たち三人が、一週間の予定で、メルボルン大学へやってきた。そしてハウスのゲストルームに滞在した。豪快な人たちだ……と、最初はそう思った。しかし品位に欠けていた。スープ皿に口をつけてズルズルとスープを飲んだり、ハウスの飯はまずいと言っては、どこで手に入れたのか魚の目刺しを買ってきて、それを部屋の中で焼いて食べたりしていた。
その中の一人が、こう言った。「オーストラリアも、ギリシャ人やイタリア人なんか、移民させるもんじゃないよな。雰囲気が悪くなる」と。
当時の日本人で、自分がアジア人だと思っている日本人は、ほとんどいなかった。世界の人は、半ば嘲笑的に日本人を、「黄色い白人」と呼んでいた。が、日本人は、それをむしろ光栄なこととしてとらえていた。
しかしアジア人はアジア人。オーストラリアでは、第2級人種として差別されていた。結婚しても、相手がアジア人だったりすると、そのオーストラリア人も、第2級人種に格下げされた。その法律は、それから10年ほどしてから撤廃されたが、オーストラリアはまだ、白豪主義(ホワイト・ポリシー)にこだわっていた。
つまりもしこの医師の話をイタリア系オーストラリア人が聞いたら、怒る前に吹き出してしまうだろう。そういう常識が、その医師たちには、まったくわかっていなかった。いや、医師だけではない。当時、アボリジニーと呼ばれている原住民を見ると、日本の若い女性たちはキャーキャーと声を出して騒いでいた。
なぜ騒いでいたかは、ここには書けない。書けないが、日本人ならその理由がわかるはずだ。しかし念のために言っておこう。あのアボリジニーは、四〜五波に分けて、アジア大陸から移住してきた民族である。そのうちの一波は、私たち日本人と同じルーツをもっている。つまり私たち日本人は、白人よりも、はるかにアボリジニーに近い。騒ぐほうがどうかしている。
●民族の優位性など意味がない
人種差別。それがどういうものであるか、それはされたものでないとわからない。「立ち去れ」という合図を受けたときの屈辱感は、今でも脳に焼きついている。それはそれだが、問題はその先だ。人種差別をされると、人は二つの考え方をするようになる。
一つは、「だから自分の属する民族を大切にしなければならない」という考え方。もう一つは、「民族という名のもとに、人間を分類するのはおかしい」という考え方。
どちらの考え方をもつにせよ、一つだけ正しいことがある。それは人種や民族の優位性などというものは、いくら論じても意味がないということ。大切なことは、互いに相手を認め、尊重しあうことだ。それがあってはじめて、日本を、そして世界を論ずることができる。が、そうした世界観は、当時の日本人にはまだ育っていなかった。同じアジア人でありながら、日本人は自らを欧米人と位置づけることによって、ほかのアジア人とは一線を引いていた。