【子どもの自慰】
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ヤフーやグーグルの検索を使うと、
必要な情報が、瞬時に手に入る。
一方、私のHPでは、どんな言葉を
検索して、私のHPへやってきたかが
わかるしくみになっている。
「はやし浩司」「はやしひろし」などが
圧倒的に多いが、最近、目だつのが、
「子どもの自慰」。
検索エンジンを使って、どこかのだれかが、
「自慰」「子供の自慰」を調べているらしい。
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●自慰
子どものばあい、慢性的な欲求不満状態がつづいたり、慢性的な緊張感がつづいたりすると、何らかの快感を得ることによって、それを代償的にまぎらわそうとする。代表的なものとして、指しゃぶり、髪いじり、鼻くそほりなどがある。
毛布やボタンなどが手放せない子どももいる。指先で感ずる快感を得るためである。が、自慰にまさる、快感はない。男児というより、女児に多い。このタイプの女児は、人目を気にすることなく、陰部を、ソファの角に押し当てたり、直接手でいじったりする。
そこでこういう代償的行為が見られたら、その行為そのものを禁止するのではなく、その奥底に潜む原因、つまり何が、慢性的な欲求不満状態なのか、あるいはなぜ子どもの心が緊張状態にあるかをさぐる。そのほとんどは、愛情不足もしくは、愛情に対する飢餓感とみてよい。
で、フロイトによれば、人間の行動の原点にある、性欲動という精神的エネルギー(リビドー)は、年齢に応じて、体のある特定の部分に、局在するという。そしてその局在する部分に応じて、(1)口唇期(生後〜18か月)、(2)肛門期(1〜3歳)、(3)男根期(3〜6歳)、(4)潜伏期(6〜12歳)、(5)性器期(12歳〜思春期)というように、段階的に発達するという。
が、それぞれの段階に応じて、その精神的エネルギーがじょうずに解消されていかないと、その子ども(おとな)は、それぞれ特有の問題を引きおこすとされる。こうした状態を「固着」という。
たとえば口唇期で固着を起こし、じょうずに精神的エネルギーを解消できないと、口唇愛的性格、たとえば依存的、服従的、受動的な性格になるとされる。肛門期で固着を起こし、じょうずに精神的エネルギーを解消できないと、肛門愛的性格、たとえば、まじめ、頑固、けち、倹約的といった性格になるとされる(参考、「心理学用語」渋谷昌三ほか)。
●代償行為
男根期の固着と、代償行為としての自慰行為は、どこか似ている。つまり男根期における性的欲望の不完全燃焼が、自慰行為の引き金を引く。そういうふうに、考えられなくもない。少なくとも、その間を分けるのは、むずかしい。
たとえばたいへん強圧的な過程環境で育った子どもというのは、見た目には、おとなしくなる。まわりの人たちからは、従順で、いい子(?)という評価を受けやすい。(反対に、きわめて反抗的になり、見た感じでも粗雑化する子どもも、いる。よくある例は、上の兄(姉)が、ここでいう、いい子(?)になり、下の弟(妹)が、粗雑化するケース。同じ環境であるにもかかわらず、一見、正反対の子どもになるのは、子ども自身がもつ生命力のちがいによる。強圧的な威圧感にやりこめられてしまった子どもと、それをたくましくはね返した子どものちがいと考えると、わかりやすい。)
しかしその分だけ、どちらにせよ、コア・アイデンテティの発達が遅れ、個人化が遅れる。わかりやすく言えば、人格の(核)形成が遅れる。教える側からみると、何を考えているかわかりにくい子どもということになる。が、それではすまない。
子どもというのは、その年齢ごとに、ちょうど昆虫がカラを脱ぐようにして、成長する。このタイプの子どもは、反抗期にしても、反抗らしい反抗をしないまま、つぎのステップに進んでしまう。
親によっては、そういう子どもほど、いい子(?)というレッテルを張ってしまう。そしてその返す刀で、反抗的な子どもを、できの悪い子として、排斥してしまう。近所にそういう子どもがいたりすると、「あの子とは遊んではダメ」と、遠ざけてしまう。
こうした親のもつ子ども観が、その子どもを、ますますひ弱で、軟弱にしてしまう。中には、自分の子どもをそういう子どもにしながら、「うちの息子ほど、できのいい息子はいない」と公言している親さえいた。
しかし問題は、そのあとにやってくる。何割のかの子どもは、そのまま、生涯にわたって、ひ弱で、軟弱なまま、陰に隠れた人生を送ることになる。しかし大半の子どもは、たまったツケをどっと払うかのように、さまざまな問題を起こすようになる。はげしい反抗となって現れるケースも多い。ふつうの反抗ではない。それこそ、親に対して、包丁を投げつけるような反抗を、繰りかえす。
親は、「どうしてエ〜?」「小さいころは、あんないい子だったのにイ〜!」と悲鳴をあげる。しかし子どもの成長としては、むしろそのほうが望ましい。脱ぎ方に問題があるとしても、そういう形で、子どもはカラを脱ごうとする。その時期は、早ければ早いほどよい。
反抗をしないならしないで、子どもの心は、大きく歪(ひず)む。世間を騒がすような凶悪事件を起こした子どもについて、よく、近所に住む人たちが、「どちらかというと目立たない、静かな、いい子でしたが……」と言うことがある。見た目にはそうかもしれないが、心の奥は、そうではなかったということになる。
●神経症
話が大きく脱線したが、子ども自慰を考えるときは、こうした大きな視点からものを考える必要がある。多くの親たちは、そうした理解もないまま、娘が自慰らしきことをすると父親が、息子が自慰らしきことをすると母親が、あわてる。心配する。「今から、こんなことに興味があるようでは、この先、どうなる!」「この先が、思いやられる」と。
しかしその原因は、ここに書いてきたように、もっと別のところにある。幼児のばあい、性的好奇心がその背景にあると考えるのは、まちがい。快感によって、脳内ホルモン(エンケファリン系、エンドルフィン系)の分泌をうながし、脳内に蓄積された緊張感を緩和しようとすると考えるのが正しい。
おとなでも、緊張感をほぐすため、自慰(オナニーやマスターベーション)をすることがある。
だからもし子どもにそういう行為が見られたら、その行為そのものを問題にするのではなく、なぜ、その子どもがそういう行為をするのか、その背景をさぐるのがよい。もっとはっきり言えば、子どもの自慰は、神経症、もしくは心身症のひとつとして対処する。
自慰を禁止したり、抑えこんだりすれば、その歪みは、また別のところに現れる。たとえば指しゃぶりを、きびしく禁止したりすると、チックが始まったり、夜尿症になったりする。そういうケースは、たいへん多い。
そういう意味でも、『子どもの心は風船玉』と覚えておくとよい、どこかで圧力を加えると、その圧力は、別のところで、べつの歪みとなって現れる。
子どもの自慰、もしくは自慰的行為については、暖かく無視する。それを強く叱ったりすると、今度は、「性」に対して、歪んだ意識をもつようになることもある。罪悪感や陰湿感をもつこともある。この時期に、一度、そういう歪んだ意識をもつようになると、それを是正すのも、これまたたいへんな作業となる。
(はやし浩司 自慰 子供の自慰 オナニー 神経症 心身症 子どもの自慰)
(はやし浩司 固着 口唇期 肛門期 男根期 子供の心理 心の歪み)
【補足】
歪んだ性意識がどういうものであるか。恐らく、……というより、日本人のほとんどは、気づいていないのではないか。私自身も、歪んだ性意識をもっている。あなたも、みんな、だ。
こうした性意識というのは、日本の外から日本人を見てはじめて、それだとわかる。たとえば最近でも、こんなことがあった。
私の家にホームステイしたオーストラリア人夫婦が、日本のどこかへ旅行をしてきた。その旅先でのこと。どこかの旅館に泊まったらしい。その旅館について、友人の妻たち(2人)は、こう言った。「混浴の風呂に入ってきた」と。
さりげなく、堂々と、そう言う。で、私のほうが驚いて、「へえ、そんなこと、よくできましたね。恥ずかしくありませんでしたか」と聞くと、反対に質問をされてしまった。「ヒロシ、どうして恥ずかしがらねばならないの」と。
フィンランドでは、男も女も、老いも若きも、サウナ風呂に入るのは、みな、混浴だという。たまたまそのオーストラリア夫婦の娘の1人が、建築学の勉強で、そのフィンランドに留学していた。「娘も、毎日、サウナ風呂を楽しんでいる」と。
こうした意識というのは、日本に生まれ育った日本人には、想像もつかないものといってもよい。が、反対に、イスラムの国から来た人にとっては、日本の女性たちの服装は、想像もつかないものらしい。とくに、タバコを吸う女性は、想像もつかないらしい。(タバコと性意識とは関係ないが……。)
タバコを吸っている若い女性を見ると、パキスタン人にせよ、トルコ人にせよ、みな、目を白黒させて驚く。いわんや、肌を露出して歩く女性をや!
性意識というのは、そういうもの。私たちがもっている性意識というのは、この国の中で、この国の常識として作られたものである。で、その常識が、本当に常識であるかということになると、そのほとんどは、疑ってかかってみてよい。
だいたいにおいて、男と女が、こうまで区別され、差別される国は、そうはない。今度の女性天皇の問題にしても、そうだ。そうした区別や差別が、世界の常識ではないということ。「伝統」という言葉で、ごまかすことは許されない。まず、日本人の私たちが、それを知るべきではないだろうか。
こう考えていくと、自慰の問題など、何でもない。指しゃぶりや髪いじりと、どこもちがわない。たまたまいじる場所が、性器という部分であるために、問題となるだけ。……なりやすいだけ。そういうふうに考えて、対処する。
(はやし浩司 自慰 子供の自慰 自慰行為 オナニー)