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2006/5/31

Cはなちゃんもがんばろうね!  アニマルコミュニケーション


 2002年の年も暮れクリスマスも、なんの行事もなく年末か
ら、夫に、はなちゃんの食事等をしつこいくらいに細かくた
のみ、猫のウンチの世話までメモして、実家から長野につれ
てきた老犬と共に車で大阪まで。この老犬はこの当時、20年
目を経過していて老齢性の転移性皮膚ガンで他の家族での
世話が無理だった。
 いつも傷口がざくろのようにパックリと割れて血がにじみ
湿潤し、悪臭を放っていたためハエがたかるのです。もし、
傷口にウジが湧くとさらに悪化してしまうと、処置が出来な
くなってしまう。(皮膚がんは18年を過ぎたころから左の
耳の付け根にイボのように発症。高齢のため、リスクを考え
て手術不可能と判断)はなちゃんよりもこの時点では老犬リ
キのほうが心配だった。大阪へは夫が運転をしてくれた。私
はずっと後ろの座席でリキをバスタオルでくるみ、赤ん坊を
ひざの上に抱くように座っていた。
 トイレもガマン。食事はコンビニで、サンドウィッチとお水
だけ。出来るだけ、リキへの体の負担をかけないようにほと
んど、ノンストップで実家へと向かった。
 夫は翌日仕事があるため、日帰りで長野へと戻った。実家
では両親がリキを待っていた。もう、ほとんど、自分で立つ
ことも出来なくなったリキを暖かいストーブの近くに寝かし
傷口の消毒と、オムツを交換し、体のヨゴレを拭いてマッサ
ージをしてやるとわずかにシッポを振って眠りについた。時
折、夜中に発作が起きて体を大きくそらせて悲鳴に近い鳴き
声で飛び起きる。こんな日を実家で数日過ごし、また、長野
に帰り着いた。家に着くと、はなちゃんが出迎えてくれた。
(このころは、まだ、アニマルコミュニケーションについて
の知識が浅く、持っていた本で自分なりの言葉かけをしてい
ました。)「ごめんね、はなちゃん。リキちゃんが帰ってき
たよ。」リキをはなに近づけると、ニオイを嗅ぎ、体をなめ
ました。「はな、今日からまた一緒だからね。」留守の間に
裏庭の雪の上には大量のはなちゃんのウンチが溜まってい
ました。
ペットの介護。それは飼い主の責任というより、当然の行い
です。ただ、小さくかわいい時期だけを過ごし、成犬、成猫
になると、飽きて捨ててしまう。
 はなも、そんな身勝手な飼い主に置き去りにされた犬の中
の一匹ちゃんです。お母さんは、決してあなたたちを見捨て
たりしない。リキも、はなも、龍も忍も、みんなたいせつな家族。はなちゃんも、リキに負けないくらい元気で、一緒にがんばろうね。そのとき、はなが少し微笑んでくれた気がしました。
                   次回へ。


2006/5/29

Bはなちゃん、案内するよ。  アニマルコミュニケーション


 はなちゃんのリードと首輪は、夫がすぐに近くの金物
屋さんで買ってきてくれました。一番大きなサイズの真
っ赤な首輪です。痩せ細ったはなちゃんには大きかった
かな?ドッグハウスも、すぐには用意することが出来ず
はなちゃんにはしばらく、ビニールハウスで過ごしても
らうことになりました。
 1週間が過ぎて、天気も良く暖かな日差しが心地よい
週末の土曜日。夫が、はなちゃんのためにドッグハウス
を作ってくれました。(このドッグハウスが、後に大変
な事態になります。)夫はもともと、器用なひとではあ
りません。ものすごく、作業工程は不安なものでした。
しかし、一生懸命にはなちゃんのために板を切り、クギ
を打つ姿を見ていると、口を挟むのは創作意欲を打ち消
してしまうことになりかねず、そうなると、はなちゃん
の「お家」はずっと、ビニールハウスということになり
ます。数年前に雪の重みでビニールハウスがペシャンコ
になった現実・・・。口出しは禁物です。とりあえず、
雨露と寒さがしのげる形状のものさえできれば、と、完
成を待ちました。場所を決めて設置しようとすると、ど
うも不安定な感じ。口先まで出掛かる言葉を抑えて、
はなちゃんにお披露目。「今日からここがはなのお家だ
からね。」心なしか、不安そうに見えたのは私の心の中
を見抜いていたから?
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  ↑この小屋じゃイヤだ!と抗議している様子

「大丈夫。大丈夫だから・・・」はなちゃんはトボトボ
と中に入りました。その日の午後は、はなちゃんとウチ
の畑めぐり。と、いうか、ほかに行くところがないだけ
で。日に日に元気になっていくはなちゃんを軽トラック
に乗せて、畑の案内。私が嫁いだばかりのときも、こう
して軽トラックで畑めぐりをしたのだよ。雪解け水が道
を濡らしていつもより空気が澄んでいるようでした。
                   次回へつづく。

2006/5/27

あたしの脳みそ  アニマルコミュニケーション


 菊ちゃんの、ホームページの成分分析、やってみた。
自分の脳みそが、皺のないツルンとした、軽量の小型
であるとは認識していたんですが・・・
      76%が罠、17%がヘビの抜け殻
      4%が言語(4%かよ!)
      2%が成功のカギ
      1%が理論

 ・・・。ずっと、以前、私の値段をやってみたら割りと
安かった。 鼻ほじほじ・・・

2006/5/26

Aはなちゃん、元気になって。  アニマルコミュニケーション


 その夜は眠れませんでした。もし、明日の朝、死んでいたら
どうしよう・・・。心配でたまらず、覗いてみました。やはり
食事をした様子はなく、ただ、水を少し、飲んであるだけです。
真っ暗なビニールハウスを月明かりがぼんやりと照らします。
頭をなでながら「心配しなくていいよ。ここにずっと居て。一
緒に暮らそうね。」不安な眼で見つめ返されると、もう、自分
の気持ちよりも、先に言葉が口をついて出ました。『この子を
引き取ろう。最後まで一緒にがんばろう』しかし、その日の夜
の様子は衰弱が激しく、もしかしたら、数日しか生きられない
のではないか・・・。という状態でした。毛布をかけてやり、
家へと戻りました。少し、雪が降り始めました。
 翌朝、早くに目覚め、うっすらと積もった雪を踏み、ビニー
ルハウスを覗くと、その子が立ち上がり、じっと、様子を伺う
ように見ています。声をかけながら中に入りました。「おはよ
う。・・・?」犬の足元に何か塊が・・・。なんだろう?
それは消化できずに吐き出した藁の塊でした。保護したとき
倉庫の脇に積んであった藁です。食べるものがなく藁を食べ
ていたんでしょう。涙が止まりませんでした。近所の人の話で
は2週間くらい前から居たというのです。おそらく、飼い主に
ここで待っていなさい、と命じられ、遺棄されたことも知らず
ずっと、いつまでたっても迎えに来てくれない主人を、空腹と
寒さと、ノドの乾きに耐えながら、心細い思いで待っていたの
でしょう。嘔吐した、藁のかたまりを片付けていると、しょん
ぼりと私を見上げ、すまなさそうに座りました。「ご飯食べよ
うね。お腹すいたでしょ。」昨日、与えたドッグフードは捨て
新しい食事を用意し、足元に置くと、じっと見ているだけで
食べようとしません。「食べていいよ。」合図が出るまで待っ
ていたんですね。こんなに躾をされていて放置されたら食べな
いわけです。今回はすべて食べました。散歩に連れ出すと、
今度は大量の藁の塊の便。お腹に溜まりきっていたのでしょう。 その日を境にみるみる元気になりました。「もう、大丈夫。」そう言われたような気がしました。そして、この子に「はな」と命名しました。
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                          次回に続く

2006/5/25

どうしてなの?  アニマルコミュニケーション


 皆さんは「どうしてなの?」と、いう詩をご存知ですか?
これは動物虐待の関連ホームページをネットで検索していて
見つけたものです。稲葉さんという方にお願いしてリンクを
貼らせていただけることになりました。あまり、詩というも
のを好んで読むほうではありませんがこの「どうしてなの?」
については、最後まで読みました。読んでいるうちにどうにも
たまらなくなった気持ちと、私の先生である高江洲先生には
動物の声がこんな風に聴こえているんだろう・・・ということを
感じました。コミュニケーターの中には、あまりにツライ現実を
知りすぎてやめてしまう人がいると聞いています。きっと
こんな風に、動物の声が聴こえたのでしょう。興味のある方は
リンク先の「どうしてなの?」を開いて、音楽とともに読んで
ください。

2006/5/24

@はなちゃん(出会い)  アニマルコミュニケーション

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はなです。2002年の11月3日、この子と
出会いました。その日、私は軽トラックで畑に
夫を迎えにいかなければならなかったので、い
つもの山道を走っていました。少し坂道になり
親戚の倉庫の前を通ったとき、何か、視線を感
じました。10メートルほど通り過ぎましたが
気になりバックで戻ったのですが何も気配は
ありません。車から降りて倉庫に近づくと、積
んであった藁の束がごそっと崩れました。猫?
藁の束の横に大型犬がしゃがみこんでいました。
 「あなたはどこの子?どうしたの?」かなり
衰弱していました。11月の長野は極寒です。
マイナス15度が当たり前の地区です。ノドの
渇きは雪で潤したのでしょう。首輪もなく、足も
汚れていません。村内放送で呼びかけてもらい
役場に飼い主さんがみつかるまでうちで預かる
ことを告げました。このころのはなちゃんは
多分7年目くらいだったように思います。大型
犬ですので、高齢です。おとなしい犬ですので
夫を迎えに行き、帰りにわんちゃんを軽トラック
に乗せました。すると、荷台に乗らず、助手席に
足をかけるんですね。農家で飼われていたに違い
ない。お尻がずいぶん便で汚れていましたが、
助手席に押し上げて、私は仕方なく荷台へ・・・
 はなは、ぐったりとしていました。役場の人が
家にやってきて、飼い主が見つからないことを告
げるとともに処分場へ連れて行くことを口にしま
した。そのころ、私の家では重度の介護老人が居
たのと、私が実家から連れてきた20年目を迎え
た老犬がおり、老犬自体も寝たきりで介護を必要
としていたのです。高齢犬で、しかも、衰弱して
いる大型犬を引き取り、どこまで世話をしてあげ
られるのか・・・。悩みました。中途半端に引き
取って幸せにしてあげられるのか・・・。食事を
与えても、口にせず、水しか飲まない状態。その
日の夜は裏庭のビニールハウスに毛布と食事、水
を用意し、私は家に戻りました。
            次回へ続く
               

2006/5/23

アニマルコミュニケーターに・・・  アニマルコミュニケーション

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 これらの本は私がアニマルコミュニケーターを
めざすきっかけのひとつとなった本です。
真ん中の「犬と話ができる!」の著者である小原
田泰久さんは「イルカが人を癒す」を書かれた方
で「イルカの学校」校長でもありアニマルコミュ
ニケーター育成のために高江洲先生とアニマルコ
ミュニケーター養成セミナーを立ち上げられたパ
ートーナーです。この本には主を思うたくさんの
動物たちの心の中が描かれています。 

2006/5/21

今日からはじめます。  アニマルコミュニケーション

なんだか、冷やし中華はじめました。みたいなタイトルですが
今日から作成はじめます。正直言って、パソコンでこんな風に
ブログやら、なんやらかんやら、わからなくって、苦手なんで
すよ。ですが・・・。実は、今日、私のアニマルコミュニケー
ターの同期生のきくまるさんという方からデジカメを頂きまし
た。せっかく、いいカメラを頂いたので、これを機会にブログ
なんぞ、やってみましょうか。てなわけで、今日、意を決して
作り始めました。

 私は長野県のはじっこに住んでいます。ちまちまと小さな畑に
野菜を植えて、のんびりと暮らしています。長野に暮らして8年
が過ぎました。野生動物と、豊かな自然の中、アニマルコミュニ
ケーターになりました。それ、ナニ?と思う方も多いでしょう。
ここ数年、テレビで動物と話をする・・・という内容の番組が
放送されていますが、ご存知でしょうか?
私の受講した教室は神奈川県の川崎市にあります。今、6期生か
7期生くらいまで受講していて、卒業生は日本各地から通いで
受講し(泊りがけ)自宅ではレポートを作成し、提出することを
続けます。はっきり言って、時間とお金に余裕がないと、ツライ
です。私の受講は冬場は凍結のため、駅までトボトボ明け方前の
暗い道を寒さと戦いながら始発に間に合うようにずいぶん、歩い
たものです。    次回に続く
                  近くの国道沿いにいたコヤギクリックすると元のサイズで表示します



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