ヒ−ロ−像の変遷と要件
最近のドラマ(主にTVの中)のヒーロ−像が変わって来ていて「身近にいそうにない人物ばかりだ」という。
少し前になるが、朝日新聞の<「好感」のありか>という特集記事の一節である。
その中で、ドラマ「弁護士のくず」のプロデュ−サ−・貴島誠一郎氏は「ひと昔前なら脇役だったくせのある人物が、今は主人公としてウケるんですよ」とおっしゃっていて、続けて貴島氏は「以前ならまじめな方が主人公になったと思います。いま不特定多数の共感を得るのはなかなか難しくて」と言われ、「極端なキャラクタ−の方が、だれもが安心して見ていられるのかもしれません」と、この話題をまとめておられる。
いつの時代にあってもドラマの作り手にとっては、作品のヒ−ロ−像に如何なる人間像を据えるかということは、最も関心の深いところであるから、この特集記事の分析やそこから発っせられることばには関心が極めて深くなるのは当然のことである。
その立場から上記のことばを読み込んでみると、現時点的現象としては了解する一方で、ここで言われている事柄は、なにも殊更にあげつらうほどのことではないのではないか、と思うのである。つまり、1、ドラマの世界では歴史が始まって以来、「脇役だった人物がそれまでの主役にとって替わってきたし、2、もうずっと以前から「まじめな方が主人公」ではなくなっていますし、3、ヒ−ロ−はいつの時代も「極端なキャラクタ−の方が」ウケたし、そもそも「ヒ−ロ−」とはそういう”性格”のものなのだと思う。
これらのことを、総括的に申すなら、近松門左衛門のあのことばがふさわしい。すなわち、「真実は虚実皮膜の間に在る」という、名言である。この名言からするなら、上記のTV上の現象などに惑う必要はない。