2007/4/30

最近の私  分類なし

もう4月終わり?!マジでっ??? ショック。
重い腰上げてようやく書き始めたらもう4月最後の日のようです。
書くこと多いので箇条書きで

@結婚&出産ラッシュ
・1年日本にいなかっただけで高校の友達3人が結婚
同じ部活だった2人はもうすぐ子供が産まれます 臨月のお腹ってすごい・・・
・バイト先の前の店長と隣店のバイトユキちゃんがついに結婚 出た社内恋愛 
・大学友達は卒業直前にすでに子供が産まれてた  
   ・・・みんなどしたん(笑) なにやってんの(笑)?!
いやほんまこんなに友達結婚してるとは夢にも思わんかった。結婚とかまだ考えたことないし、子供ができて母親になるとかほんまに考えられへん。帰ってきて何が一番驚いたかって、みんなの結婚&恋愛ネタやねやっぱり。 
まぁ「ドイツでなんかあった?」ってみんな期待の眼差しでいっつも聞いてくれたけど…
  え〜〜〜 よく言えば権力者の愛人???(相手はオットマー67歳…)
  だって会う人会う人見事に歳を(だいぶ)めされた方ばっかりやってんもん

A迷う
・ 地元ららぽーとの周辺 (もうアルツハイマーなんかもしれん)
・ 改装工事が完成したJR大阪駅構内 (前から嫌いやってん ややこいし人多いねん)
・ 新しい携帯の機種選び しかし全く使いこなせてない自分 日本はなんてハイテクなんや

B変わったこと
・ 私 もうメガネのイケてない子ではありません(笑) 
社会復帰すべく春休み必死でした
・ 妹(二十歳)が焼酎の味を覚えた  姉を越えた
・ 従姉妹たちの急成長  私の中ではまだ3歳やった子が小学生になってた
・ すぐに知り合いに会うキャンパス内だったのに今はそれが稀
・ 阪神電車の終電がちょっと延びた! これ重要!
・ バイト先の新しい店長が男前! これ非常に重要! 

C変わらないこと
・ 相変わらず連絡の悪いH電車とHバスの運行 そして大学までのバカ込み
昼の食堂と生協レジもバカ込み  ほんまイヤ
・ ゼミと研究授業で切り込み隊長扱いされる  私の使命ですね
・ 腹立たしい父の行動  でも優しく接するように一応努力するよう私は変化 たぶん。
・ バイトのシフト中心に動く私の乱れた生活
あ、私、またあの焼き鳥屋で働いてるんです・・・
(またあんた働いてんのっ?!)て遠く北京から突っ込みが聞こえてきそうやけど、そう、まさかの復活(笑) もうネタやな。 帰宅は深夜12時半過ぎ就寝3時前の生活です  
・ 体重と体脂肪 
しかし1ヶ月微動だにしなかったそれが今現在相当なカロリーを必要としてるんであろう焼き鳥屋バイトのおかげで株価のごとくゆれ幅はあるものの長い目で見れば下降の線をたどるか?! (という私の独自予測)

はい、そんなとこでしょうか私の帰国後の状況。 
あ、就活はしてません。なぜならまたドイツに行くから。
週3日大学に行き、バイトをする日々。 卒業した友達は新社会人として働き、留学帰りの大学友達はまだ就活をがんばっている。私の中では目的があるから就活してないけど、大変そうなみんなを見てるとなんか複雑な心境。でももう後戻りできひんからこのまま行きます。
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2007/4/20

あれから  分類なし

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懐かしいシュトゥットガルト

みなさまお久しぶりです。無事に帰国したかどうかも知らせないでほったらかしにしていてすみません。遅ればせながら。。。日本で元気にやってます。


帰国前の話をします。
それはもう涙涙のお別れでした。
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本当にいい先生に出会えて良かった ゴメッツ先生がいなかったらこの留学はなかった

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ゾフコおばちゃん(上)
メディチおばちゃん(下)
ドイツで出会ったクロアチア人の家族 ほんとに私は彼女たちの家族になったよなぁ
本物のうるるん滞在記を実体験したようなドイツでの1年間。私にはこれ以外のカタチは考えられない。そんな最高の1年だった。 ただ…

書こうかどうかすごく迷ったことなんやけど。ほとんど誰にも言ってないんやけど。
やっぱり伝えるべきやと思うので書きます。

関空に到着した朝午前6時前。両親が迎えに来てくれて1年ぶりの再会に色々話ははずむ。
けどお母さんの目が赤く腫れていたことが私はずっと気になっていた。
「おばあちゃん大丈夫?」って聞いたら…

「おばあちゃん、亡くなったのよ…」と。

こんなこと本当にあるんやって思った。信じられない。  
私がドイツを発つ前日、ゾフコおばちゃんやメディチおばちゃんと最後の食事をして日本の家に電話をかけた時、そのとき私の母方の祖母は亡くなった直後だった。とにかく無事に帰国してほしいから、だからお母さんは私にそのことを伝えなかった。

ひどくない? なんで神様もうちょっと生かしておいてくれんかったん? ひどいよ。
会いたくて仕方なかったのに。体調崩して入院してるのは聞いてたから、帰国したら関空からそのまま病院行こうと思ってた。けど向かったのは祖母の家。

通夜も葬式ももう終わっていて、再会したのはおばあちゃんの遺影と遺骨の入った10cmほどの高さの箱。 (こんなにちっちゃくなっちゃったんや…)
ただただ申し訳なくって「間に合わんくてごめん」しか言えなかった。
私のステンドグラス直接見せてあげたかったのにな…たくさんの写真も。ドイツの話もいっぱいすることあったのに。

ドイツで自分の祖母と同じ年代の人たちと一緒にいる度に思っていたこと。それは自分の家族であるおじいちゃんやおばあちゃんをもっと大事にしなきゃってこと。やっとわかったのにね。 

色々忙しいのもあったけど、やっぱりこのことがショックだったからブログを書き始められなかった。  帰国日早めるべきやったんかな。後悔はもちろんあるし、自分を責めたこともある。 けど、私にとってドイツのみんなは大好きな人ばかりで、特にゾフコおばちゃんは本当の祖母のように思ってたし、今目の前にいる人との時間を大切にしようって思っていたから…  神様のこと恨むけど、でもドイツに1年間行ってたくさんの人と出会わせてくれたことは感謝してる。

今でも電話のやり取りをゾフコおばちゃんとしている私。
「自分のおばあちゃんは亡くなってしまったけどあなたが今は私のおばあちゃんだよ」って伝えた。こんなふうに言える出会いがあったからドイツに行ってやっぱり良かった。


重い話になっちゃいましたが今でも落ち込んでいる訳ではないのでご安心を。次回は私の近況をいろいろ報告しますね☆
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