今年も後2日になってきました。今回故郷のなかで「因幡二十士」を助けて西国に逃がした橋津志士その中でも
「中原吉兵衛さん」について紹介します。
なぜ中原吉兵衛さんかと言うと、この人物の「得」より「徳」、「義」を選んだ人物なのです。
その当時幕末の頃、廻船問屋をいとなみ、大阪の豪商淀屋とも姻戚関係があり国の実情が良くわかっていたと思われます。
また、「因幡二十士」のひとり詫間樊六が息子忠次郎の剣術の師でもあったため関係が深かったように思います。その様な関係から、この橋津の地から西国に逃亡したのだと思います。ただときの藩に逆らうことは、家・家族そして一族郎党すべて処罰される事なのです。それでも尚この様な手助けをしたことに、またこの様な偉業をした人物が我が
「ふるさとに」におられたことに、おおきな誇りを感じます。その吉兵衛さんの奥さんが私の勤めている、○○書店から嫁がれていることもじじつです。